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 南米大陸最高峰アコンカグア(6961メートル)の登頂とスキー滑降を目指していたプロスキーヤーの三浦雄一郎さん(86)が1月20日(現地時間)、標高6千メートルで登頂を断念し、志半ばで下山しました。下山を決めた経緯は、高齢の登山者にとって大きな「教訓」となりそうです。

 今月上旬に東京都内で関係者向けに行われた遠征報告会。その冒頭、遠征隊副隊長で三浦さんの次男の豪太さん(49)が、必死の思いで登頂断念を訴える映像が映されました。

 「先ほど大城先生からドクターストップの判断が出ました。(登山を続行して)お父さんの意思は死ななくて、お父さんの行きたい気持ちだけが山頂に行く。でも、お父さんの肉体がもしそこで終わってしまったら、僕はすごく残念……」。

 涙声で語りかける豪太さん。最初は下山を拒んでいた三浦さんでしたが、長い沈黙の後、納得しました。そして、豪太さんに「登山を続行して、山頂に行ってほしい」と託しました。

「年寄り半日仕事作戦」で登頂狙う

 エベレストのスキー滑降など多彩な冒険を繰り広げた三浦さんですが、86歳の肉体はスーパーマンではありません。今回、エベレストやアコンカグアでガイド経験が豊富な登攀(とうはん)リーダーの倉岡裕之さん(57)が、綿密な「作戦」を練りました。

 倉岡さんは、三浦さんが80歳でエベレストに挑戦したときも、登攀リーダーを務めました。現地入り後、標高約5300メートルのベースキャンプまでのキャラバンは、体力温存と高所に体を慣らすため、1日の行程(移動距離)を半分しました。名付けて「年寄り半日仕事作戦」です。また、標高6千メートル前後での高所順応のトレーニングもしました。これで、体力を温存したまま、アタック態勢に入り、無事、エベレストの山頂に立つことができました。

酸素の助けを借りてアタック狙う

 三浦さんの冒険に対する持論は、「冒険と無謀は違う。無謀は準備なしでやるが、冒険は万全の準備で臨む」です。エベレストもアコンカグアも、経験豊富な登山ガイドや高所登山に詳しいチームドクターら、サポートチームが三浦さんを支えて臨みました。

 6千メートル以上で酸素は平地の半分以下になります。若者なら時間をかけて高所に体を慣らして臨みますが、高齢者には無理があり、肉体へのダメージは強烈です。実際、80歳で臨んだエベレストと違って、86歳の「加齢」は、高所登山では大きなリスクが伴います。アコンカグアで三浦さんは、6千メートルから高所順応をせず、酸素の助けを借りてアタック予定でした。

夜間に激しいせき込み

 三浦さんは標高4200メートルのベースキャンプ(BC)で約1週間滞在し、高所に体を慣らしました。その後、ヘリコプターで5580メートルまで移動。6千メートルのキャンプ地まで歩いて登り、ここからアタック開始予定でしたが、強風のため滞在。三浦さんと豪太さん、チームドクターで国際山岳医の資格を持つ大城和恵さん(51)の3人が同じテントで滞在していました。

 三浦さんは、テント生活での睡眠中も酸素を吸って、体力を温存しました。ただ、豪太さんによると、夜間にトイレのため起き上がる際、100メートルを全力で走ったような激しい呼吸が目立ちました。80歳でエベレスト登頂を果たした時と比べて、豪太さんには父の様子がつらそうに見えたそうです。

 高所の長期滞在が肉体の衰弱につながったように、大城さんの目には映りました。三浦さんの90キロある体重も、今回の撤退の背景にありました。体が重ければ、心肺への負担が大きくなります。

 狭いテントの中で、酸素マスクや吸入器をつけての生活は、不自由な面が多くあります。夜間に、酸素吸入器が外れていることもありました。酸素の薄い高所で、三浦さんの持病の不整脈も出てきました。大城さんは「これ以上滞在すると心停止の可能性もある」と判断したそうです。

『生きて還る』こと迷わずに

 大城さんが、三浦さんの撤退の判断について説明しました。「いま、ヒマラヤで60代、70代でなくなる人がけっこういます。可能性と限界の見極めを失敗すると命を失います。撤退は、『生きて還(かえ)る』ことを考えると迷うことはありませんでしたが、三浦さんがよく理解して、素晴らしい判断をしてくれたことに感謝しています」

 国内でも、高齢の単独登山者らが、「老い」に対する判断を誤り、事故につながるケースが目立ちます。低体温症の恐れがあるのに、山小屋の従業員らのアドバイスを聞かず、風雨の中で行動して遭難する例も聞きました。

 冷静に登頂断念を受け入れた三浦さん。すでに90歳でのエベレスト挑戦を表明しています。次は万全な体調で、周到なトレーニングを積んで臨んでほしいと願っています。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/