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 5年前、ウクライナの首都キエフで、中心部の独立広場を占拠した市民と治安部隊が衝突し、親ロシア路線の政権崩壊をもたらした。「マイダン(広場)革命」と呼ばれる。だがロシアの介入を招き、国内政治は混乱が続いた。民主化を求めた市民の夢は実現したのか。(キエフ=喜田尚)

 2014年2月18日。治安部隊が広場の市民に銃撃を始めたとき、東に340キロ離れたポルタワから来た外科医、セルヒー・ホルベンコさん(45)はバリケードの内側にいた。

 近くの高級ブティックを野戦病院に改装。致命傷を負った人は病院に搬送し、それ以外はその場で弾の摘出手術をした。銃撃は20日まで続き、死者は100人を超えた。

 市民が広場を占拠したのは前年11月。政権の腐敗に我慢がならなかったホルベンコさんは1月、治安部隊が集会参加者に暴行した事件を知り、地元に家族を残したまま医療班として占拠に加わった。

 占拠は、ロシア寄りのヤヌコビッチ大統領が欧州連合(EU)と連合協定を結ぶ協議を打ち切ったことへの抗議活動だった。銃撃を命じたとされるヤヌコビッチ氏は首都を脱出。親欧州路線の野党が政府を掌握し、市民の願いは達成されたかに見えた。

 事態は暗転する。ロシアが軍を…

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