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 言葉は不思議だ。はっきりと言葉にして言うことが大切な場面もあるが、言葉が言えないという場面もある。

 死を目前にした時、死に向かう人、死を見送る人の間で交わされる言葉って何だろう。公民館の「健康教室」で会場の皆さんに尋ねてみる。「ありがとう」「世話になったなあ」などが返ってくる。その後は続かない。ドリルの答えではないが、欧米ではこんな時「ごめんね」「赦(ゆる)します」「愛してる」「さよなら」などの言葉が発せられるらしい。

 先日、神戸の三宮で小児科医の細谷亮太さん、歌人で細胞生物学者の永田和宏さんと「死を支える」と題してフォーラムを開いた。その中の永田さんの話である。永田さんは京大を卒業したあと、東京の企業に就職する。29歳で研究者になるには最後のチャンスと考え再び京大に戻り、ウイルス研究所の市川先生の門をたたく。研究心の深さの他、ステテコ姿の先生の人柄、文化全般への造詣(ぞうけい)の深さに魅(ひ)かれ、門下生となる。

 月日流れ、永田さんは立派な学者に、そして市川さんは膵(すい)がんで闘病。永田さんはどうしても言わねばならないひと言を用意して病床を見舞う。なかなか言い出せず、世間話に留まる。市川さんが「永田君、そこの吸呑(すいのみ)とってくれへんか」と言い、永田さんは取る。ひと言が言えぬまま病室を辞す。その時、廊下に「ありがとうー」と市川さんの声が響く。永田さんは用意した同じ言葉を返そうとするが、嗚咽(おえつ)で言葉にならなかった。言えない言葉の重みを教えられる。市川さん、翌日他界。

 打ち上げ会の前、狭い大衆居酒屋で、たっぷりのタレに串カツを漬け、3人での楽しい雑談、放談に時間を忘れた。そして時々、あの「ありがとう」の光景を思い出した。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。