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 病理学は病気そのものを研究対象とした、医学の学問領域の一つです。例えば、がんはどのようにできるのか、がんができたら私たちの体はがんをどのように排除しようとするのかというようなことを研究します。

 病理医は臨床医と比べて独り立ちするまでに時間がかかると言われています。医師免許取得後の臨床研修(初期研修)終了後、大学の医局や市中病院で専門医研修を3年以上受け、30体以上の病理解剖を行った後、専門医試験に合格して病理専門医となります。

 しかし、専門医になったからといってすぐに1人で診断できるわけではありません。病理医は全身の臓器の様々な疾患を診断しなければいけないため、数年かけて様々な症例を経験する必要があります。その後、ようやく一人前の病理医となります。

 私たち病理医は、検査や手術の際に採取された人の体の組織を顕微鏡で観察することにより、病気の種類や体の状態を把握します。それが「病理診断」と言われるものです。

 病理診断では、採取された組織をプレパラートと呼ばれる小さいガラスの板にのせて、様々な染色をして可視化します。通常はヘマトキシリン(青)とエオジン(ピンク)という色素にプレパラートを浸して組織を染色します。その結果、ピンクと青の2色のコントラストで組織を明瞭に観察することができるようになります。その後、顕微鏡で観察して病名を決定します。

 がんに関する病理診断が大半を占めますが、感染症も日常の病理診断で頻度が高い病気と言えます。特に、「傷の治りが悪いのでその原因を知りたい」とか、「できものができている」といった理由で組織を採取する場合は、同時に感染症の病理診断を行うことがあります。その結果、今まで分からなかった感染症の存在が明らかになり、適切な治療法を選択することができるようになるのです。

 感染症の病理診断においては、組織内の細菌、ウイルス、真菌、そして寄生虫を顕微鏡で観察します。採取された組織はホルマリンで腐らないように化学的に変性させます。これを「固定」と言います。固定前の標本は病理医も感染する危険性があるので注意しないといけません。固定後は微生物の病原性が失われるので、感染の危険性はありません。

 一般的には細菌や真菌の感染に対して、痰(たん)や尿、血液などから容器内で微生物の培養を行って菌種、治療法の決定を行います。これが培養検査です。病理診断が細菌や真菌の培養検査と異なる点は、その時の患者さんの組織の生体反応、状態を同時に観察、把握できるということです。

 例えば、風邪をひいて、のどが痛い、赤くなったとします。その直接の原因はウイルスによる細胞傷害ということになります。顕微鏡でのどの組織を観察すると、細胞内にウイルスが確認できるかもしれません。

 特殊な染色を用いれば病理診断でも細菌やウイルスを同定できる可能性がありますが、それら微生物の同定に関しては、より細かい種類まで確認できる培養検査や遺伝子検査のほうが優れています。しかし、培養検査や遺伝子検査ではその組織の状態まで把握することはできません。

 風邪をひいた時にどうしてのどが痛くなるのかを病理学で説明すると、ウイルスによる組織傷害と同時に、私たちの体がウイルスを直接的に攻撃するため、もしくは傷害された細胞、組織を修復する反応が起きているため、となります。風邪の症状はウイルスが直接引き起こしているのに加えて、私たちの体の過剰な防御反応のために起きているということになります。

 これら一連の体の防御反応を「炎症」といいます。炎症が起きている組織を顕微鏡で見ると、さまざまなことがわかります。組織が破壊された状態になっていることや、血液の流れが悪くなって滞留するうっ血状態になっていることが確認できます。また、腫れや痛みの原因となる、血管から漏れ出た液体の貯留や、炎症の原因となる炎症性細胞もたくさん見えます。

 炎症のためにのどが赤くなったり、腫れたり、痛むのです。その時、炎症関連物質が炎症細胞やその周辺組織からたくさん産生されています。炎症関連物質は局所で炎症を起こすと同時に体温を上げたり、食欲をなくさせたりして、患者さんの具合を悪くさせます。

 風邪になると医師が処方するお薬は、ウイルスそのものを殺すのではなく、この炎症を抑える効果をもっていますが、炎症はあくまでも体の防御反応です。風邪のひき始めに炎症を抑えてしまう、つまり、私たちの防御反応を抑えてしまうと、症状は軽減するかもしれません。しかし、結局ウイルスの増殖を抑えることができず、かえって、病気にかかっている期間を長引かせてしまう恐れがあるので、注意が必要です。

 病理学というフィルターを介して感染症を見ると、また違った病気の姿が見えてきます。

<アピタル:弘前大学企画・今こそ知りたい! 感染症の予防と治療>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/(弘前大学大学院医学研究科 分子病態病理学講座教授 水上浩哉)