約4千人が死亡したとされる第1次大阪大空襲から13日で74年。繰り返し爆撃を受けた大阪全体では約1万5千人が犠牲になったとされる。何が起きていたのか。

 Q 大阪大空襲はいつ起きたの?

 A 大阪への空襲は1944年12月から約50回あり、府内で約1万5千人が犠牲になった。中でも爆撃機B29が100機以上で飛来した8回が「大空襲」といわれる。

【動くパノラマ】空襲翌日の大阪道頓堀=1945年3月14日

 Q どんな人が被災したの?

 市街地に爆弾が落とされたので、多くの一般市民が犠牲になった。最初の大空襲は3月13日深夜から14日未明にかけ、浪速区など都心部に274機が焼夷(しょうい)弾約1700トンを落とした。木造家屋が多かった住宅密集地で、すさまじい火災が起き、約50万人が被災し、約4千人が亡くなった。6月に4回、7月に2回の大空襲があり、8回目の大空襲があったのは終戦前日の8月14日。大阪城の東側にあった陸軍の兵器工場が目標だったが、京橋駅に爆弾が直撃するなど工場と合わせて数百人が死亡したとされている。

 Q けが人や遺族はどうなったの?

 A 国は旧軍人らに恩給や年金を支給する一方、民間被害者には「戦争被害は国民が等しく我慢すべきだ」という受忍論を理由に援護策をとっていない。全国各地で「不平等だ」などと裁判が起き、大阪では2008年に提訴したが、14年に最高裁で敗訴が確定した。(大隈崇)