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 オバマ米大統領(当時)の広島訪問から5月末で丸3年。あの時、被爆地は歓迎・融和ムードに包まれた。元広島市長の平岡敬さん(91)はそんな空気に違和感を持つ。核兵器のない世界に向けてヒロシマがすべきことは何か。話を聞いた。(聞き手・大滝哲彰)

「平和思想」の脆弱さ露呈

 メディアまでが歓迎する姿を見て、原爆で死んでいった人々の無念の思いを、生きている人間が忘れていると思いました。

 ヒロシマに住む私たちの「平和思想」があまりにも脆弱(ぜいじゃく)なことを露呈してしまったと感じました。「核兵器に反対する」。この思想の根源をもう一度しっかり考える必要があると思います。そのためには、戦時中の植民地支配の歴史を振り返るべきではないかと考えています。

 「日本はかつての植民地支配や戦争で、アジア・太平洋地域の人びとに、大きな苦しみと悲しみを与えた。私たちは、そのことを申し訳なく思う」

 広島市長に就任した1991年の平和宣言で、私はこう述べました。広島アジア競技大会を94年に控えていた時期です。アジアの人々を迎えるにあたり、私たちはあの戦争を反省した上で、核兵器廃絶を訴えていることを伝えなくてはいけないと思いました。

 アジアの人々は、原爆のおかげで自分たちが「日本帝国主義」から解放されたと思っています。まずは広島市民が歴史と向き合い、反省することが必要なわけです。

 ためらいもありました。平和宣言は、私個人の思いの表明ではなく、広島市民を代表したものです。さらに、直前には本島等さん(元長崎市長)が「天皇に戦争責任はあると思う」と発言して右翼団体幹部に撃たれました。でも、私たちの加害責任への言及は避けて通れなかったんです。その思いは、私自身の幼い頃からの体験に基づくものかもしれません。

■朝鮮半島と少年時代、記者時代…

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