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 広島県江田島市に残る旧海軍兵学校の下士官兵集会所「海友舎(かいゆうしゃ)」の一部は、呉鎮守府の施設を移築した?――。文献に残るルーツを呉工業高等専門学校の教員と学生が解き明かし、9日に現地で発表した。建物の調査で得たデータを、古い写真や防衛省防衛研究所で見つけた図面と照合。「呉から移築した可能性が高い」と結論付けた。

 海友舎は2階建てと平屋の建物からなる木造の洋館で、旧海軍の士官養成機関だった海軍兵学校に勤務する下士官兵の福利厚生施設として使われていた。建物西側の2階建ての棟については、明治末頃の1906年に着工したとする史料がある一方、東側の平屋棟は昭和初期、呉鎮守府の下士官集会所内の「桜松(おうしょう)館」を移築したという記録が存在。呉高専の谷村仰仕(たかし)特命准教授と光井周平准教授らが、この平屋棟の移築の裏付けを進めてきた。

 その結果、平屋棟の外周の長さが桜松館とほぼ一致することや、玄関庇(ひさし)や窓、床下換気口などの意匠が著しく似ていることが判明。工法にも共通点があることから、「昭和3(1928)年に桜松館を改築した際、明治期に建った2階建ての棟の裏に移築した可能性が高い」との見方に至った。

 発表会には、海友舎をイベントやギャラリーに活用し、江田島の歴史文化を全国に発信する「ぐるぐる海友舎プロジェクト」のメンバーが参加した。かつて旧海軍の主要港にそれぞれあった集会所も、現存するのは江田島と呉のみといい、代表の南川(なんかわ)智子さん(30)は「海友舎の価値を改めて認識した。今後の活動に生かしたい」と話した。(佐々木康之)