[PR]

 (10日、サッカーJ1・神戸3―1仙台)

 8年前に東日本大震災が発生した3月11日前後に、被災地クラブの一つ、仙台が本拠で神戸と試合をするのは今年で3年連続となった。神戸も1995年に阪神・淡路大震災に見舞われた。両者の対戦は復興応援の一戦と位置づけられる。しかし、試合前に歌手の秋川雅史さんが「千の風になって」を歌い、黙禱(もくとう)などがあったほかは淡々と試合に入った印象だった。

 そこには、試合そのものを盛り上げようとする両サポーターの思いが反映されている。スタジアムのあちこちに掲げられる横断幕や旗に震災復興を連想させるものが、ほぼなかった。仙台サポーターに聞けば、「まずはサッカーを楽しみたい」と返ってきた。

 神戸サポーターにも尋ねた。応援責任者を務めた高田賢次郎さん(45)は被災地クラブの対戦だからこそ「いつも通りにやるのが大事」と答えた。自身も大学生時代に阪神大震災で被災。神戸市内の自宅に大きな被害はなかったが、進学で故郷を離れた友人の家族の安否を確認するために原付きバイクで市内の避難所を走り回った。「誰もが自分のことで精いっぱい。男性が避難所で女性、子どもを差し置いて我先にと食料をとりにいく。心がすさんでいく。震災の現実です」。

 当時、まだ神戸はJクラブでなく、高田さんもサポーターではなかった。だが、その後、応援の先頭に立つ中で「ここは非日常。スタジアムは全てを忘れる場でないといけない」と思うようになったという。

 東日本大震災から数年間、両クラブの対戦時は被災地の復興を願う横断幕があちらこちらに掲げられていた。選手入場の際、神戸は「愛の讃歌」、仙台は「カントリーロード」の替え歌を歌って士気を高める。かぶらないように相手が歌う際には静観する配慮もしていた。

 しかし、サポーター同士で話し合った際、仙台側から「同情はしてもらわなくていい」と伝えられたという。「嫌でも日常に震災が関わる。試合の日はサッカーだけに集中したいんですよ」と高田さんは話す。

 この日、互いの激しいプレーにブーイングが飛び交った。相手の声援をかき消そうと、さらに大きな声で選手を奮い立たせていた。

 「非日常」で気持ちが新たになる。それが復興につながっていく。(有田憲一)