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 14年前、突然の発作で意識をほとんど失った鹿児島市の元大学院生が、懸命のリハビリで徐々に回復し、今月、恩師の定年退職にあわせて絵を贈った。7年間は病名もわからず、大学院も退学を余儀なくされる中、社会復帰をめざす前向きな思いをずっと支えてくれた。不自由な手で描いた白鳥の姿に、語り尽くせぬ感謝を込めた。

 山下直哉さん(36)。九州大大学院総合理工学府の修士課程1年だった2005年11月、福岡市内の研究室で突然激しいけいれんを起こし、九大病院に救急搬送された。脳の損傷を抑える大量の麻酔投与。人工呼吸器と気管チューブでの栄養注入。実家のある鹿児島市から駆けつけた母みゆきさん(61)は、息子の住まいから病室に通い、手を握り、足をさする日が続いた。自発呼吸できるようになった1年後、鹿児島の病院に移った。

 「ここはどこ? なぜここにいるの」。07年1月、それまで「おはよう」「痛い」程度だった意思表示が急に鮮明になった。発病前の記憶が一気によみがえったとみられる。山下さんはパイロット志望で、航空会社への就活中だった。ベッドにいる自分が理解できず、母の説明を聞いて、涙が止まらなかった。

発病後も交流が続いた山下さんと大学院の指導教授。恩師の定年退職にあわせて贈った白鳥の絵には、特別な思いがこもっていました。

 気管の穴をふさぐ。胃に食べ物…

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