[PR]

 約束の場所には2時間前に着いた。41年ぶりの再会だ。どんな話から始めたらいいだろう。本当に、来てくれるのだろうか。

 私は、ドイツに住むハイコ・フレーリヒス(43)。1975年、東京で生まれた。体が小さく、3カ月間を病院で過ごした後、大使館に勤めていたドイツ出身の夫婦に引き取られ、日本を離れた。

 物心が付いて、出生の秘密を知るようになった。最初の名前は淳(じゅん)。生みの親は日本人だった。経済的に貧しく健康状態も良くなかった、と聞いた。

 ドイツの両親との生活は満ち足りていた。外交官の父に連れられ、ナイジェリア、タイ、ベルギーと各国の暮らしを経験した。国籍や肌の色の違う、多くの友だちもできた。

 生みの親は、どんな人だったのか。元気に暮らしているのだろうか。そんな思いを抱くようになったのは22歳で母、32歳で父を亡くし、さらに数年が経ってからだった。

 街中で日本人らしき人を見かけたとき、その姿を想像した。長男が生まれ、成長を目にすると、祖父母に似ているのだろうかと思いを巡らせた。

 ルーツを知りたい。

 ドイツの社会福祉団体に相談した。国際NGO、その日本支部と、多くの人が奔走してくれた。ドイツの父が保管していた日本の戸籍謄本が決め手になった。

 実母が、生きていた。

 2016年10月24日。私は…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら