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 豊臣秀吉の妻ねね(1549~1624)が建立した京都市東山区の高台寺(こうだいじ)の仏壇を飾る敷物(打敷〈うちしき〉、17世紀)が、ねね自身が着ていたとみられる小袖(和服の一種)を仕立て直していたことが、寺と京都国立博物館(京博)の調査で確認された。敷物の裏には1607(慶長12)年7月、ねねが寺に寄進したと記されていたが、専門業者による修理の過程で縫い目をほどいて分解したところ、その記述が裏付けられた。

 敷物は、高台寺所蔵で京博に寄託されている「立涌(たてわく)に桐文様(きりもんよう)打敷」(縦176センチ、横174センチ)。染織文化財の修理を手がける染技連(京都市中京区)が修理を進めて縫い目をほどくと、左右の袖や襟など小袖を構成する九つの部分を確認。仕立て直されていたことが明らかになった。生地が縫い合わされた部分をほどくと、400年以上前の鮮やかな色も確認できた。

 ねねは秀吉没後に「高台院」と称され、1606(慶長11)年に高台寺を建立。翌年、数え59歳で小袖を寄進したとされる。

 京都国立博物館の山川曉(あき)企画・工芸室長は「自分の着た衣類を生前に寄進し、末永く仏の世界を飾りたかったのだろう」と話す。

 修理は2018年度、公益財団法人朝日新聞文化財団と京都府が助成した。(森本俊司)