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 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の兄、金正男(キム・ジョンナム)氏が、マレーシアで殺害されてから2年が経ちました。実行犯として有罪判決を受けたベトナム人のドアン・ティ・フォン受刑者は、一貫して「殺すつもりはなかった」と訴えてきました。アイドルを夢見ていた彼女が、なぜ事件に関わることになったのか。きっかけは、「ミスターY」を名乗る男との出会いでした。

心優しい末っ子

 フォンは1988年、ベトナム北部のナムディン省の農村で生まれた。稲作が盛んな地域で、米粉の麺「フォー」の発祥の地としても知られるところだ。

 記者がフォンの生家を訪ねると、軒先では鶏が駆け、バナナの木が風に揺れていた。

 取材に応じた父親のドアン・バン・タインさん(65)は、ベトナム戦争中に負傷し、右足の足首から先を失っていた。義足で朝夕、近くの野菜市場に繰り出し、清掃員として働いて家族を養ってきたという。月収は共働きの夫婦2人分で約450万ドン(約2万2千円)。ベトナムの平均月収は1人376万ドン(約1万8千円)ほどで、フォンの家族は決して豊かではなかった。古いテレビや家具も壊さないように大事に使っていた。

 フォンは5人兄妹の末っ子だった。自宅には、幼さが残るフォンの写真や、学校でもらった賞状が大切に保管してある。継母のグエン・ティ・ビーさん(56)は「優しくて、ネズミや虫も怖がるような子でした」と話す。タインさんも「とても親しみやすい性格で、美しい子です」と語る。

 フォンは地元の高校を卒業した後、ハノイの大学で会計を学んだ。実家から仕送りはなく、ハノイ市内の飲食店で会計係をして学費を稼いだ。

 より稼ぎのいい仕事を求めて、ナイトクラブの接客係としても働き始めた。ナイトクラブのフェイスブックには、チャイナドレスやビキニを着てポーズを取ったり、客前で踊ったりするフォンの写真が載っている。

夢見た芸能界

 ナイトクラブには、誘惑が多かった。友人によると、フォンは「ハンサムな韓国人男性」が好みだった。ナイトクラブに来た韓国人男性とデートすることもしばしば。フェイスブックでは朝鮮半島出身とみられる男性の「友達」が30人ほどいた。男性から「韓国に来れば番組出演の仕事がある」などとささやかれると、その話をうのみにして韓国まで追いかけていくことがあったという。

 ただ、出演の機会は、なかなか巡ってこなかった。韓国に行っても仕事はもらえず、旅費も自腹だった。別の友人は「フォンは夢を追いかけるあまり、貯金を使い果たしたり、知り合った男性にだまされたりして、とても心配でした」と語る。

 金欠に陥り、家賃の支払いが遅れることもあった。ナイトクラブから数キロ離れた民家の1室を、月140万ドン(約6700円)で間借りしていた。大家の女性(68)は「フォンは気遣いのできる優しい子でしたが、お金の管理は苦手でした」と語る。

 フォンが旧正月に帰省した際には、バス停まで見送った家族が「お金はあるの?」と聞いた。首を横に振るフォンに、家族は40万ドン(約1900円)を握らせ、送り出したという。

 それでもフォンは、夢をあきらめなかったようだ。周囲には「私は演技が上手なの」「映画と広告の仕事をしている」と話していた。

 2016年6月には、人気のオーディション番組「ベトナム・アイドル」に出演したこともあった。本名ではなく親類の名前で出演し、舞台上で歌声を披露した。放映は20秒ほどで、審査は通らなかったが、胸元を大きく開けた衣装が一部メディアで注目された。

舞い込んだ撮影話

 そんな暮らしの中、フォンのもとに、ある仕事が転がり込んできた。「いたずら番組」の出演オファー。持ちかけたのはフォンの女友達(31)だ。その経緯について、女友達はマレーシア警察に次のように説明している。

アイドルを夢見るフォンは、なぜ暗殺者に転落したのか。独占入手した資料などから、その真相を明らかにします。

 2016年12月下旬、女友達…

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