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 タイで8年ぶりとなる総選挙が24日に迫った。2014年のクーデターでタクシン元首相派の政権を覆し、5年近くにわたり実権を握る軍事政権への評価が問われる。軍政はタイ社会の和解を掲げてきたが、復権を目指すタクシン派とそれを阻止しようとする親軍政派など反タクシン派の対立構図が再燃している。(バンコク=貝瀬秋彦、染田屋竜太)

 「私が議員として戻ってくれば、政府の予算や事業を持ってこられる」。東北部ナコンラチャシマ。軍政のプラユット暫定首相の続投を狙う国民国家の力党から立候補したスポーン氏(54)はこう訴えていた。

 タクシン氏が率いたタイ愛国党の議員だった。07年に同党が解党された際に5年間、公民権を停止され、タクシン派を支持するグループ「赤シャツ」派のリーダーの一人に。その武闘派ぶりから、「イサーン(タイ東北部)のランボー」の異名をとった。

 なぜ今回は親軍勢力に協力するのかと問うと、スポーン氏はこう答えた。「対立を乗り越えられるのはこの党しかない」

 タイでは農村や都市の貧困層を支持基盤とする「赤」のタクシン派と、官僚や富裕層、都市中間層を中心とする黄色がシンボルの反タクシン派が、激しい政争を繰り広げてきた。

 01年に政権を握り、低額医療や村落基金などで貧困層の支持を集めたタクシン氏に一族の不正な株取引疑惑が浮上すると反政府運動が起き、06年に軍がクーデター。07年の総選挙で再びタクシン派が勝利すると、「黄シャツ」が首相府や空港を占拠した。

 08年に軍主導の連立工作で反タクシンの民主党政権が誕生すると、赤シャツが10年、首都中心部を約2カ月間占拠。治安部隊と衝突し、死傷者が出て、カメラマンの村本博之さん(当時43)も犠牲になった。

 タクシン派は11年の総選挙で再び勝利し、タクシン氏の妹のインラック氏が首相に就いた。すると再び反タクシン派の激しい抗議デモが起き、14年の軍事クーデターにつながった。

 軍は「社会の安定を取り戻す」ことなどをクーデターの理由に挙げ、政治活動を禁止して反軍政の動きも抑えた。長らく続いてきた赤と黄の衝突は、表面上はなくなった。

 だが、実際には軍政はタクシン派の復権阻止に力を注いできた。総選挙が近づくと反タクシン派の看板政党である民主党に見切りを付け、親軍勢力が国民国家の力党を設立。スポーン氏のようにタクシン派から元閣僚や議員を引き抜いた。

 しかし、それでもタクシン派の主要政党、タイ貢献党が世論調査では首位を保ち続ける。タクシン派は貢献党の姉妹政党、タイ国家維持党が王女の首相候補擁立に絡んで解党処分になるなど逆風下にあるが、支持層は健在だ。背景には、対立の根にある地域間格差の広がりがある。

■地域間の格差、広が…

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