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 「ストップ・ザ・ヤミ米」「食管制度を守ろう」。1989(平成元)年10月、全国農業協同組合中央会(全中)は、全国から約500人を動員して秋田県大潟村へ向かった。数十台の軽トラックや軽飛行機も用いて、大規模な抗議行動を繰り広げた。

 大潟村は、コメの流通を統制する食糧管理法(食管法)が禁じた「ヤミ米」の象徴的な生産地だった。国は71年、減反政策を本格的に始めた。68年に営農が始まった大潟村では、配分された農地の一部が転作奨励金のつかない畑地とされたことなどから反発が強く、89年当時、非協力農家が約4割を占めた。

 そうした農家が87年に創業した「大潟村あきたこまち生産者協会」は、首都圏などの消費者にヤミ米の「産直」をしていた。89年秋、全中などの圧力で、宅配業者がコメの輸送をやめる。それならばと、自分たちでトラックを借りて直接運び出した。社長の涌井徹さん(70)は「暮らしを守るため、絶対に引けなかった」と振り返る。

 95年に食管法は廃止。新食糧…

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