拡大する写真・図版 秀吉の最古級の検地帳。地名や面積、耕作地の等級などが記されている=兵庫県姫路市

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 羽柴(豊臣)秀吉(1537~98)が、織田信長の家臣として播磨(はりま、兵庫県南西部)を治めていたころにつくらせた検地帳の写しがみつかった。県立歴史博物館(姫路市)が26日発表した。信長政権下の検地帳が確認されるのは珍しく、これまでにみつかった秀吉の検地帳の中でも2番目の古さ。専門家は、政権奪取後に秀吉が始めた太閤(たいこう)検地の成立過程を知るうえで貴重な史料として注目する。

 検地とは戦国~江戸時代に領主が所領を把握するために実施した土地調査。検地帳は、その検地の結果をまとめた土地台帳を示す。

 みつかったのは「播磨国飾東(しきとう)郡緋田(あけだ)村」(現姫路市四郷〈しごう〉町明田)の検地帳の写し(縦約32センチ、横約21センチ)。二つ折りにした18枚の和紙の表裏を使って計72ページに及ぶ。表紙に天正8(1580)年10月24日の日付と村名が記され、本文には税をまとめて納める名請人(なうけにん)150人の名前や地名、その土地の面積、耕地の等級など、のちの太閤検地と類似した項目が並ぶ。県内の古文書収集家が古書業者から購入したとされ、2017年10月に博物館に持ち込まれたことから調査してきた。

 末尾に秀吉の家臣だった「小出秀政」「桑原貞也」の名前があったことなどから、博物館は秀吉の検地帳と断定。2人の名前に「殿」と敬称を書き加えており、緋田村が原本を書き写して保存していたとみる。 信長が秀吉や柴田勝家、前田利家ら家臣につくらせた検地帳が確認されたのは全国で7例目。秀吉の検地帳では天正8年8月12日の日付がある「但馬国出石(たじまいずし)郡赤花始り之水帳写」(兵庫県豊岡市蔵)に次いで2番目に古い。

 検地帳には1反が360歩(ぶ…

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