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 国の政策や意思決定の根幹になるはずの統計。厚生労働省での統計不正を発端に、そのゆがみが明らかになりつつあります。統計をめぐる内実とその背景を全4編で追います。ラインアップは以下の通り。

【#1】記述ないのに「引用」とした環境省

【#2】調査員の厳しい現実「やってくれるのか…」

【#3】「統計を切って下さい」 分断ここでも

【#4】これは予測なのか目標値なのか

     ◇

【#1】記述ないのに「引用」とした環境省

 今月7日、環境省のホームページにこんな文書が掲示された。

 「誤りがありました。お詫(わ)びするとともに訂正いたします」

 同省は前日の6日、超党派国会議員の「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」にも同じ趣旨の文書を提出。「配布した資料の一部に不適切な表現が含まれていることが判明した」とした。

 環境省が訂正・おわびしたのは、ある数字をめぐる統計学的な判断の「根拠」についてだ。成長後の問題行動を防ぐため、幼い犬猫の販売規制を現在の生後49日(7週)から56日(8週)に強めるかどうかの判断材料として同省が示していた。

 環境省は、ペットショップで販売された子犬・子猫に関するアンケートとその解析を専門家に委託。その結果をもとに、7週と8週の違いと問題行動の発生の程度の間に「関係性は証明されなかった」と結論づけた。幼いうちに犬猫を販売したい一部のペット関連業界団体はこの結論をもとに、動物愛護法改正での販売規制強化に反対。一方、法改正で56日への強化をめざす議連は結論について同省に詳細な説明を求めた。

 これに対して環境省は、結論を導いた根拠の一つとして挙げた「決定係数」と呼ばれる統計学上の数値の考え方について、放送大学のテキスト「社会調査の基礎」が出典だと議連に文書で回答。環境省のホームページに載せた資料でも、この本を「出典」と明記していた。ところが、実際はこの本に該当する記述はなかった。環境省は「直接的な引用ではない文献に対し、『出典』と表記」したと認め、本に出てくる用語や数字を独自に「変換」(同省)したものだとも明らかにした。

 出典が違っただけでなく、専門家の間には数字の評価そのものにも疑問の声がある。環境省は、7週と8週の間で問題行動に差があるかについて、文書で結論づけた部分のすぐ下に「決定係数が0・04以下は、統計学では『ほとんど相関がない』と解釈される」と注記した。

 だが、「統計は暴走する」などの著書がある佐々木彈(だん)・東大教授は「統計学の関係者の間で『決定係数0・04以下』で線引きするという共通認識は存在しない。値が小さいからといって関係性がないと断言できたりする性格のものではない」と指摘。「社会調査の基礎」の執筆者、大塚雄作・京大名誉教授も「決定係数は一つの目安に過ぎない。小さな決定係数でも意味のある関連性が潜んでいることも少なくない」と話す。

 環境省動物愛護管理室は「出典元を捏造(ねつぞう)する意図はなかった。間違った。直接的な引用ではないのに『出典』としたのは不適切だった。(7週と8週で問題行動に差がないとする)検討結果は総合的に判断した」とする。だが、政策判断の根拠の一つとなる統計学上のデータの扱いに疑問符が付けられたことは間違いない。

     ◇

 「『物価偽装』ともいうべき統計の乱用だ」

 統計学が専門の上藤(うわふじ)一郎・静岡大教授ら専門家は2月27日、東京都内で記者会見を開き、2013年に厚生労働省が決めた生活保護費の基準引き下げの「根拠」を批判した。

 3年かけて国費で670億円を削減。生活費にあたる「生活扶助費」の支給額が受給者世帯の96%で減り、削減幅も最大で10%に上るという、制度始まって以来の大幅引き下げとなった。削減の根拠になった算定方法には当時から、国会審議などで疑問視する声があったが、上藤教授らは一連の厚労省の統計不正を機に、改めて声を上げた。

 厚労省が削減の主な根拠としたのが、当時進んでいた「物価の持続的な下落(デフレ)」だ。その傾向を示す数値として、総務省統計局が作成する公的統計の一つ「消費者物価指数(CPI)」を基に、厚労省はCPIの品目から生活扶助に該当しないものを抜き取った「生活扶助相当CPI」という指標を独自に作り、08年と11年を比較。4・78%下落したと算出し、引き下げの根拠とした。

 上藤教授らの主張はこうだ。厚労省は08年と11年の生活扶助CPIを算出する際、対象商品数が違っているのに必要な調整をしなかった。加えて、別々の方式で算出していた。それらの数字を比較し、「4・78%」を出した――。一方、厚労省が行った別々の計算方式ではなく、総務省統計局が通常行う同一の方式を使い、上藤教授らが生活扶助CPIを計算したところ、下落率は2・3%と、厚労省とは異なる数字になったという。

 上藤教授は「相当手荒なことをしているという印象だ。データに対する厚労省の姿勢はずさんだ」と指摘。自治体で生活保護のケースワーカーの経験がある吉永純・花園大教授(公的扶助論)は「下落率を大きくするため、独自の計算方式を作り出したとしか考えられない」と批判する。

 生活保護の削減は、厚労省が11年から社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会で検討作業を本格化させていた。さらに12年末には、自民党が政権を奪還した総選挙の公約集で「給付水準の原則1割カット」を掲げていた。

 基準引き下げをめぐっては、取り消しを求める訴訟が全国で相次ぎ、生活扶助CPIの計算の妥当性も争われている。厚労省は取材に対して「生活扶助基準の見直しについては適切なものと考えており、訴訟においてその正当性を主張している」とし、計算方法は妥当だとする。

 一方、当時の見直し作業に関わった厚労省職員はこう振り返る。「生活保護に厳しい自民党政権に代わり、さらに削減しないといけないとなった。そこで『デフレ』という考えが出てきた」

【#2】調査員の厳しい現実「やってくれるのか…」

 蒸し暑さのなか、スーツ姿の立教大生36人が東京都豊島区内を歩き回っていた。高層マンションや雑居ビルを訪問し、表札を見て、企業や自営業者のようなら片っ端から呼び鈴を鳴らす。「忙しいんだ」「なんで協力しなきゃいけないの」など、厳しい声を浴びることもある。

 2016年6月、全国の全事業所に従業者数や売り上げを聞く「経済センサス」の調査のひとコマだ。外国人が応対に出て言葉が通じないことも多く、オートロック式のマンションにある事務所では、建物に入るのすら難しい場合があった。統計調査員の不足や高齢化に悩む都が、経済統計を学ぶ学生がいる立教大に協力を依頼。大学側も学生が現場を知る機会になると応じた。学生は都が雇う非常勤の地方公務員となり、報酬もある。

 総務省によると、自治体などに登録された調査員の年齢構成は、2017年度で61歳以上が全体の66・4%を占める。埼玉県の統計担当者は昨今の人手不足から「調査員の採用が難しくなっている」と話し、「60代が多いが、この人たちが70、80代になってもやってくれるのか……」と不安げだ。調査の説明をしたり、協力を求めて説得したりする必要もあり、言葉のうえで外国人に任せるのは難しい。

 そこで、総務省は「学生調査員の任用」を提言している。実際、立教大生たちは50~100事業所を目安に割り振られた区域を一人で受け持ち、平均以上の回収率を記録した。

 調査員の確保は、統計の精度を…

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