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 「若者の車離れ」やカーシェアの普及を受け、トヨタ自動車の国内販売戦略が岐路に立っている。変化を迎える現場を訪ねた。

 〈3000〉

 店舗の一角に飾られた透明なプレート。腕組みをした男性の写真の横に数字が誇らしげに記されている。

 富山県内に店舗を構えるトヨタ自動車系販売店、ネッツトヨタ富山の和泉弘昌(ひろあき)さん(64)が、生涯で売った車の数だ。4月に勤続43年を迎える大ベテラン。3千台達成は2012年。数字はいま「3304」まで伸びた。1968年にできた同社で、3千台以上売った人物はほかにいない。

 自分が客として車を買った縁で76年に入社。初めて売れた車はスプリンター。学生時代のアルバイト先の客に買ってもらい、「宙にも浮くような気持ちだった」。営業マンとしての長い道のりが始まった。

 かつて営業といえば訪問販売だった。割り当ての地域を歩いて回り1日50、60軒は訪ねた。来店の約束を取り付け成約につなげる。

 8年目。「人と変わったことをしなければ」と思い手書きの新聞をつくった。タイトルは「月刊ひろあき新聞」。「世は、まさにマイカー時代。さまざまに使えるマイカーにボーナスを生かしませんか?」。店の地図や自分の名前、電話番号も載せて、客に配った。

 毎月欠かさずに発行し、この3月で424号。新型車の情報や休日に出かけた場所などを書く。B4サイズの一枚紙が、丁寧な字でびっしりと埋まる。

 書き続けるのは、客との顔つなぎに有効だと考えるからだ。だれにどの号まで渡したかをすべて記録し、いまは他社の車に乗る昔の客にも配る。「『きょうは何もないですけど新聞を持ってきました。見てやってください』。そう言えば、訪ねるきっかけになる」

 得意客の多くは高齢になり、亡くなったり、運転免許を返納したりする人もいる。その子どもの世代では車を買わない人も少なくない。多い時で400人以上いたが、約半分になった。「世代が変わった。それでも自分が正しいと思ったことをやりぬくしかない」

 トヨタは戦後、各地の地場資本に販売店の経営を任せ、強力な販売網を築いた。いまはトヨタ店、トヨペット店、カローラ店、ネッツ店の4系列が原則、異なる車を扱う。和泉さんのような営業スタッフが競い合い、成長を支えてきた。

 だがここにきて、市場は伸び悩む。トヨタの国内販売は90年の250万台がピークで、近年は150万台前後で推移する。少子高齢化や若者の車離れが、販売現場を揺るがす。

 「車離れは止められず、販売店はかなり淘汰(とうた)される」。愛知県内の有力店、ネッツトヨタ名古屋社長の小栗成男さん(55)はこうみる。「若い人は根本的に車に興味がない。ゲームにネット、SNS。かつて車を使って取りに行った欲求が、いまはスマートフォンの中に入っているからだ」

 4系列が販売を競う仕組みは限…

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