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 春の「京都非公開文化財特別公開」が26日から始まる。今回は安祥寺(あんしょうじ)、毘沙門堂(びしゃもんどう)、勧修寺(かじゅうじ)、隨心院(ずいしんいん)という京都市山科区の4寺院が公開される。半日かけてゆっくり巡ると、深い歴史と信仰が感じられる建物や逸品に出会うことができる。

安祥寺

 山科駅から北へゆるい坂道を10分ほど上ると、林に囲まれた安祥寺に着いた。安祥寺では長年、京都国立博物館に寄託・陳列されてきた平安時代前期の五智如来坐像(ごちにょらいざぞう)が、この3月の文化審議会の答申で国宝に指定されることになったばかりだ。

 藤田瞬央住職が観音堂(本堂)の大きな厨子(ずし)の扉を開けてくれた。本尊の十一面観音立像(国重要文化財)が姿を現した。高さ252センチに及ぶ巨像だが、均整のとれたのびやかな姿が凜(りん)として美しい。藤田さんは「15年ほど前に専門家の調査で奈良時代にさかのぼるとみられる貴重な一木彫像と判明しました」と教えてくれた。

毘沙門堂

 安祥寺から琵琶湖疏水に沿って東へ徒歩10分。参道をさらに10分ほど上ると、毘沙門堂が見えてきた。この寺の宸殿(しんでん)には「動く襖絵(ふすまえ)」なるものがあると聞き、見せてもらった。

 襖絵は江戸時代の絵師、狩野探幽(かのうたんゆう)の養子で駿河台狩野家の祖、狩野益信(ますのぶ)が描いた。老人が取り囲む大きな机が描かれ、絵に向かって室内を左から右へ移動すると、あれ不思議。ななめに描かれた大きな机がだんだんと垂直に見えてきた。毘沙門堂の小林祖承執事長によると、後ろのモノを前のモノよりも大きく描く「逆遠近法」という手法を用いたためだそうだ。

 写真に収めようと、写真記者とともに格闘すること1時間。写真では肉眼ほどの変化が見えない。この襖絵について論文を書いた中京大学の山田憲政教授(知覚運動科学)に聞いてみた。カメラで撮影すると、遠くの物が小さく見える「遠近法」が作用するため、襖絵の逆遠近法が相殺され、実際、目で見たときのような感覚が得られにくいそうだ。この襖絵を実際に見てもらえれば、理解していただけると思う。

 安祥寺、毘沙門堂は5月10日まで公開される。

勧修寺

 再び山科駅に戻り、京都市営地下鉄に乗り3駅。小野駅で降り、西へ数分歩くと勧修寺に到着した。900年、醍醐(だいご)天皇が生母である藤原胤子(いんし)の追善のために創建したと伝えられる門跡寺院だ。平安時代の遺構とされる約2万平方メートルの庭園には、水戸光圀公が寄進した灯籠(とうろう)が置かれ、樹齢約750年といわれるハイビャクシンが地をはうように枝を伸ばしている。

 書院(国重要文化財)に入ると、江戸時代の絵師、土佐光起(みつおき)が描いた「近江八景図」と子の光成(みつなり)の筆による「龍田川紅葉図」が襖や床の間いっぱいに描かれていた。少し暗い室内に目が慣れてくると、金地や水辺を描いた青い彩色が鮮やかに浮かび上がってきた。筑波常遍(じょうへん)住職は「江戸時代の女性天皇だった明正(めいしょう)天皇の御殿を移築したと伝わっています。この絵を見て和まれたんでしょうか」と話した。

隨心院

 最後に訪れたのは、勧修寺から500メートルほど東にある隨心院。真言宗の門跡寺院で、平安時代の歌人、小野小町ゆかりの寺だ。境内には小町が化粧をしたといわれる「化粧の井戸」などがある。本尊の秘仏、如意輪観世音菩薩(ぼさつ)坐像や鎌倉時代の快慶作の金剛薩埵(さった)坐像(国重要文化財)を、特別公開の期間中は間近で拝観できる。(向井大輔、久保智祥)