【動画】江戸時代の浅間山大噴火の悲劇を語り継ぐ住民たち=渡義人撮影
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災害考古学 第4部

 群馬県嬬恋村(つまごいむら)の鎌原(かんばら)地区に、住民の生死を分けた15段の石段がある。江戸時代の天明3(1783)年7月6日。浅間山の大噴火で発生した土石流は、ふもとの鎌原地区をのみ込み、570人の住民のうち、高台にあった鎌原観音堂の石段を駆け上がった93人だけが助かったと伝えられる。石段は15段だけを残して厚い火山灰の下に埋まった。その約200年後、石段の最下部から掘り出されたのは、あと一歩で届かなかった二つの命だった。

 「人がいるぞ!」

 1979年8月のこと。今は村の郷土資料館名誉館長を務める松島栄治さん(88)は、県立前橋第二高校教諭だったころ、観音堂の発掘調査に参加していた。地中に埋まっていた石段を48段目まで掘り進んだところ、土の中の髪の毛に気付いた。慎重に土を取り除くとミイラ状になった遺体が現れた。皮膚や目も残っていた。「悲しそうな顔をしている、と思いました」

 石段は百数十段あると伝えられ…

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