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 元号は東アジアの漢字文化圏に特有の制度だ。世界を見渡せば、時間を計る尺度として西暦やイスラム暦、仏暦などが広く使われている。これらは君主の交代などで改元する元号とは異なり、宗教的指導者の死去などを基点に一列の数字で年を数える紀年法だ。

 元号は紀元前2世紀、中国・前漢の武帝が定めた「建元」が最古とされる。中国の歴代王朝が定めたほか、漢字などの中国文化の広がりとともに、朝鮮半島などの周辺諸国でも用いられた。朝鮮半島などでは経済的な利益を求めて主に中国の元号を使ったが、日本やベトナムのように独自の元号を定める国もあった。日本の元号は、近現代に至る国づくりが中国からの影響を受けながら、一定の距離のもとに独立と統一を果たしてきたことも示す。

 日本では、645年の「大化」に始まるとされる。権勢をふるった蘇我入鹿を中大兄皇子(後の天智天皇)らが殺害した事件を受けて、皇極天皇(天智・天武天皇の母)が史上初の譲位を行い、皇位に就いた弟の孝徳天皇が「大化」を定めた。初の譲位と初の元号制定は、ほぼ同時の出来事だった。その後は空白期間もあったが、701年の「大宝」からは途切れず続く。

 「国のかたち」を整え、天皇による時間管理の手段、時間秩序の象徴となった元号。公的年号としての元号は、「平成」まで1300年以上の歴史の中で247。南北朝期などに元号が併存した時代もあった。

 出典が確認できる限り、「史記」や「書経」など、いずれも中国の古典が典拠とされる。使われた漢字は72文字。最も頻度が高いのが「永」の29回、次いで「元」「天」が27回。これに対し、「霊」「感」や昭和の「昭」、平成の「成」など、1回しか使われていない漢字も30文字ある。所功・京都産業大名誉教授(日本法制史)は「新生児に一生懸命いい名前を考えるように、元号にもその時代の理想や希望が託される。しかも漢字は表意文字なので誰にも分かりやすく意味が伝わる」と話す。

 奈良時代には、天皇の代替わりに伴う代始(だいはじめ)改元や善政を賛美する祥瑞(しょうずい)改元が続いた。だが923年には初の災異(さいい)改元があった。菅原道真が雷神になり醍醐天皇の皇太子にたたったとされる事件によるものだった。このころは地震や噴火といった災害が多く、災害や疫病などの天変地異にあたって改元が行われる慣習ができた。「地震火山列島らしい改元と言えるだろう」と保立道久・東京大名誉教授(日本中世史)は話す。

 天皇一代に元号一つの「一世一…

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