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 まもなく平成が終わる。日本の科学をめぐるこの約30年間を振り返ると、相次ぐノーベル賞受賞など華やかな側面がある一方で、事件や事故を通じて科学と社会の関係が問われた時代でもあった。そして近年は、日本の「研究力」そのものの低下も懸念されている。「令和」時代に託された日本の科学の課題を探る。

失われた信頼

 平成の時代には、科学や技術に関連する多くの事件・事故が起き、そのたびに人々の不信感も増大した。

 原子力では、東日本大震災(2011年)に伴って、東京電力福島第一原発で事故が起きた。「原発は絶対安全」としてきた国の原子力行政や東京電力の姿勢が、強い批判を浴びた。

 放射線による健康への影響や食品の放射能汚染をめぐって、風評被害も起きた。土壌の除染や汚染水の処理、廃炉など、長期を要する課題が山積している。

 12年版の科学技術白書には、文部科学省科学技術政策研究所による調査の結果が紹介された。この調査によると、「科学者の話は信頼できる」とする人の割合は震災前に比べて半減した。また、「研究開発の方向性は専門家が決めるのがいい」とする意見への同意も、3分の1に激減した。

 阪神・淡路大震災(1995年)では、倒壊しないとされた構造物が相次いで崩れた。地震予知にも批判が集まった。

 この年に起きた地下鉄サリン事件では、化学物質サリンが市中でまかれ、13人の死者と6千人以上の負傷者を出した。若い科学者らが犯行に加わっていたことが明らかになり、世界に衝撃を与えた。その後も牛海綿状脳症(BSE)などの食品安全問題、耐震偽装事件などが起きた。

 科学技術に対する国民の厳しいまなざしを受けて、日本学術会議は12年、「科学不信」をテーマに議論し、報告書をまとめた。しかしその後も、STAP細胞問題(14年)を始めとする研究不正事件が相次いで発覚するなど、信頼回復への道は遠い。

細る研究費、競争強いられ

 科学と社会のあり方が問われる一方で、科学研究の環境の整備は進んだ。

 平成の初期、国立大学の、特に基礎科学の研究現場は、貧弱な研究環境にあえいでいた。

 1991年に京都大総長に就任した同大名誉教授の井村裕夫さん(88)は「学内の図書室にはサッシが壊れて窓枠にビニールシートをかぶせているところもあった」と当時を振り返る。

 国は「科学技術立国」を打ち出し、95年に科学技術基本法を施行。2001年には、省庁を束ねる総合科学技術会議が内閣府に設置された。5年ごとに策定する科学技術基本計画には予算目標を盛り込み、関連予算が増え始めた。

 基礎研究の予算である科学研究費補助金(科研費)は、平成初期の約500億円から、18年には約2300億円に。科研費を含めた応募型の「競争的資金」が増え、競争力のある大学や研究機関の施設は充実した。井村さんは「政策の司令塔ができたことは研究費の増加に一定の役割を果たした」と話す。

 一方で、国立大学は、04年の法人化を機に、人件費と教育・研究の基盤的経費である「運営費交付金」が年1%ずつ削減された。その削減幅は、18年度までに約1400億円に上る。

 研究成果の面では、基礎科学分野で00年代にノーベル賞の受賞が急増した。白川英樹・筑波大名誉教授から18年の本庶(ほんじょ)佑(たすく)・京都大特別教授まで、日本のノーベル賞受賞者は計18人にのぼる。00年以降に限れば、アメリカに次ぐ2位の受賞数となり、日本の科学力の高さを世界に示す結果となった。国際宇宙ステーション、スパコンなど、国の巨大科学プロジェクトも進められた。

 しかし近年、その土台が危ぶまれている。運営費交付金削減の影響で、特に地方の国立大で研究費が枯渇し、研究室の維持にも困るケースが出ている。

 白川さんら51人の科学者は「大学の危機を考えるフォーラム」を結成。経費削減が、大学の教育と研究にいかに悪影響を及ぼすかを訴えている。

AI、ゲノム編集…… 成長への期待と影

 平成時代の科学技術政策の特徴に「イノベーションの推進」がある。研究の成果を、日本の経済力の強化や社会課題の解決に生かそうという考え方だ。

 イノベーション政策は、アメリカでは1980年代に関連法が整備され、大学が研究費を自前で稼ぎ出す産学連携やベンチャー設立などの動きが急速に進んだ。00年前後にはグーグルやフェイスブックなどのITベンチャーが誕生し、急成長する。

 日本では主に産業界がイノベーションを担ってきた。しかし、バブルが崩壊し、多くの大企業は研究所を再編し、基礎研究を縮小した。第2次安倍政権(2012年~)は、イノベーションを経済政策「アベノミクス」の柱の一つに位置づけた。産業界と連携して大学の知を生かす体制づくりや、研究予算の自前調達などを含む「国立大学改革」を進めている。

 イノベーションの代表例に、人工知能(AI)がある。10年ごろ、人間の脳のモデルを使った「ディープラーニング」という技術が米国でブレークし、一気に社会に普及した。

 しかし、AIは株の高速取引から自動運転まで応用の幅が広く、人間の仕事を奪うのではとの懸念がある。個人の属性や行動データをもとにAIで社会的信用度を数値化するビジネスが、差別を助長するとの批判もある。ITを活用したビッグデータ解析もイノベーションの例だが、個人情報の利用とプライバシー保護をめぐって、国際的な議論が起きている。

 近年登場した「ゲノム編集」も、応用のしかた次第で生命のあり方を根本から変えてしまうとの懸念がある。

 イノベーションをどう制御すべきか。名古屋大経済学部の隠岐さや香教授(科学技術史)は「社会が急激に変化すると、人々は情報を入手して影響を検討する時間的余裕がなく、議論も合意も難しくなる。イノベーションには社会的な課題を解決するという意義があるが、しばしば弊害を伴い、それを抑えるしくみが必要だ」と指摘する。(嘉幡久敬

■科学・技術をめぐる平成の主な…

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