新元号「令和(れいわ)」の典拠となった万葉集は20巻から成り、約350年間にわたって詠まれた約4500首を集めている。額田王(ぬかたのおおきみ)、柿本人麻呂、山上憶良らが代表的な歌人だが、天皇から防人、無名の農民に至るまで幅広い歌人が含まれ、地方の歌も多くある。安倍晋三首相は「幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、わが国の豊かな国民文化、長い伝統を象徴する国書」と説明した。

 引用したのは「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」(書き下し文)。首相は「厳しい寒さの後に、春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め、令和に決定した」と語った。

 「大化」から「平成」までは、確認されている限り中国の儒教の経典「四書五経」など漢籍を典拠としており、安倍政権の支持基盤である保守派の間には、日本で記された国書に由来した元号を期待する声があった。政府は今回、国書を専門とする複数の学者にも考案を依頼していた。

「令和」(れいわ)の典拠

<出典>

『万葉集』巻五、梅花(うめのはな)の歌三十二首(うたさんじゅうにしゅ)并(あわ)せて序(じょ)

<引用文>

初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

<書き下し文>

 初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風(かぜ)和(やわら)ぎ、梅(うめ)は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす

<現代語訳(中西進著『万葉集』から)>

 時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。