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 広島商高野球部の主将、監督として甲子園で優勝した如水館(広島)の迫田穆成(よしあき)監督(79)が30日、最後の公式戦に臨んだ。今年度限りで退任する。OBも駆けつけ、四半世紀以上にわたって同校を率いた名将の退任を惜しんだ。

 広島商主将として1957年夏に優勝。同校監督としても春夏計6回甲子園に出場し、73年夏に優勝した。93年に如水館の前身・三原工の監督に就任してからも8回の出場を果たした。

 長年の野球人生で、個々人の力では相手に劣っていても、チーム力で勝てることを説いた。練習後の片付けでも助け合いの意識を養わせた。「勉強ができなくても頭は使える」が持論で、場面に応じた小技も磨き続けた。

 指導もひと味違った。「めんこ」で遊ばせてひじや手首を、剣玉でひざを、それぞれ効果的に使わせたこともあった。昨秋に退任が決まってからは、捕球から送球への動作など基礎を丁寧に教え直した。

 この日は、春季県大会の予選リーグで三原に11―0で五回コールド勝ちした。

 2005年の選抜大会に出場したときのメンバーで、中学教諭の高松康紀さん(31)=広島県世羅町=も駆けつけた。如水館でコーチを務めた時に「生徒のことを一番に考え、生徒がうまくなるよう努力しなさい」と教えられたといい、「教育現場で、その言葉が生きています」。

 試合後、室内練習場に集まった選手たちに迫田監督は、「後は、お前らの力で甲子園に行けるように、がんばれよ」とエールを送った。そして、後から感謝を伝えるために監督室を訪れた選手らにこう語った。「勝てよ、県大会も甲子園も。そうしたら初めて、感謝を受け取ってやる」(橋本拓樹)