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 日本の歴史上で初めてとなる国書を典拠とした元号となった「令和」。国書へのこだわりは、安倍晋三首相の1日の記者会見に表れていた。「我が国の悠久の歴史、薫り高き文化、そして四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいくべきだ」

 首相は2006~07年の1次政権時代から「元号の典拠は国書の方がいいよね」と周囲に語っていた。今年2月下旬の財界人との会合で新元号が話題になると、自ら「国書」という言葉を2回繰り返したという。昨年10月に中国を訪問した際には、日中の企業関係者を集めたフォーラムで、こんなあいさつをしていた。

 「5世紀、日本に漢字がもたらされた。漢文の奥深さは日本語を豊かにした。19世紀になると、日本人は漢字を使って西洋の思想を翻訳した。新しい単語は中国に逆輸入され、今でも中国語として使われている」

 中国の伝統文化に敬意を表しつつも、日本の独自性を強調する発言は「そろそろ国書から元号を」という思いがにじんでいた。

 今年1月、これに呼応するようにある論考が発表された。「中国古典にとらわれず新元号を」。筆者は山梨県鳴沢村にある別荘で毎夏、首相と懇談を重ねる日本財団の笹川陽平会長だ。

 「日本には優れた造語の歴史があり、特に明治以降は約1千語もの和製漢語が中国に導入され、現在も広く使用されている」と指摘。「新元号は中国の古典からの引用をやめ、わが国独自の自由な発想で定めてほしい」とも提言した。

 万葉集研究の第一人者である中西進氏の弟子で、日本と中国の比較文学などが専門の辰巳正明・国学院大名誉教授は、笹川氏から元号案を作るよう依頼され、「古事記」など国書をもとにした案を送ったという。この案がその後、どう扱われたかは定かではない。

 そして元号を決める4月1日当日。政府の原案は、A4判の1枚の紙に、六つ、縦書きで記された。典拠は国書と漢籍が三つずつ。50音順に並び、左端が「令和」だった。

 首相官邸での全閣僚会議で、杉田和博官房副長官は6案の出典や意味を、順番に説明。最後の「令和」については、こう付け加えた。「『令』という字が元号に使われたことはありません」。有識者による「元号に関する懇談会」でも「令和」への支持が多かったことを報告した。

 「私も日本のものから取るのが…

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