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 新しい元号が、「令和」に決まった。出典は「万葉集」。国書から選ばれるのは初めてだが、その意味するところは? 著書「武士の家計簿」などで知られ、朝日新聞が1日に開いた座談会に論者の一人として参加した歴史学者・磯田道史さん(国際日本文化研究センター准教授)は、こうみる。

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 今回、日本古典と同義の国書を出典としたことが非常に大きな歴史的転換だ。ちなみに令を上につけた年号は、過去に「令徳」、徳川に命令するという案があったが、退けられている。

 21世紀のいま、なぜ転換が起きたのか。日本史で何度も繰り返されてきたことだが、海の向こうに強い他国が現れると、国家意識が高まる。幕末のペリー来航時には非常に国学が流行した。

 いま、中国の台頭があって、やはり日本ということを強く意識している。転換に関して言えば、日本古典だけを典拠とした元号ではなく、日本と中国の両方の典拠を持つ元号を提示してもよかったのではと思う。日本文化を発見すると同時に、国境を越えた漢字文化圏の存在にも気づけるからだ。国益にもかなうと思う。

 中国との距離感でいえば、元号には4段階ある。第1段階は中国の年号をそのまま使う。第2段階は、中国の年号を知っているが、あえて使わず干支(えと)のみを使う。第3段階になると、独自年号を立てるが出典は中国の文献。最後の第4段階は、独自年号を立てた上に国書を出典とする。

 第1、第2の段階にあったのが西暦600年代ぐらいまで。第3段階の「独自年号、中国出典」の段階に700年代から本格的に突入していったと考える。

 グローバル化で、世界が全部同じようなかたちになる時代には、そこにしかない独自性を持ったものが価値を持つ。日本にだけ元号があるというのはソフトパワーだ。(編集委員・塩倉裕)