松田優作が語った引き算の演技 石橋凌さんの耳に今も

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小西孝司
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 俳優であり、ミュージシャンでもあり。石橋凌さん(62)が昨年、デビュー40年を迎えた。二足のわらじ、大変じゃないかって? 「履きつぶすまで、走り続けますよ」。記念の全国ライブツアーの最後は、19歳まで過ごした福岡・久留米で迎える。

 3月16日、全国8カ所のライブツアーの初回が東京・日本橋で幕を開けた。曲の合間。「こうして歌えるのは2人の恩人がいたから。救われたからでがす。『歌う瀬戸内寂聴さん』と思われるかもしれないけど」。軽口を交えて満席の客席に語りかけた。

 久留米市で育った。5人兄弟の末っ子。音楽好きな兄たちの影響を受け、近所の映画館も楽しみだった。「音楽と映画が自分の『学校』でした。中学の先生に将来の夢を聞かれ、『映画評論家になりたい』って言ったらえらい怒られてね。でも真剣に淀川長治さんになりたかった」。欧米の俳優はなんで演技がナチュラルなんだろう。俳優や演技のメソッドの本を読みあさった。

 久留米高校で音楽研究同好会に入り、授業はほとんど出なかった。2年の時、福岡のライブハウス「照和(しょうわ)」に出演。卒業後、イタリア料理店で働くうち、KBCディレクターの故・岸川均さんの勧めで「ARB」のボーカルに合格した。「恩人」の一人だ。

 だが、事務所が求めていたのは「ベイ・シティ・ローラーズ」のようなアイドルだった。政治的、社会的な歌詞は禁じられ、「ロックじゃないじゃん」と反発した。そのころの歌に、ロッキード事件をモチーフにした歌詞がある。「政治家は飛行機眺め、落花生の皮をむく」――。事務所を首になり、全国のライブハウスを車で巡った。

 「ジョン・レノンとかボブ・ディランも、1枚のアルバムの中に、ラブソングや家族・友人のこと、仕事や社会の不条理なことが同居している。それを日本語でやりたかった」「いろんな音楽のジャンルがあっていいと思うけど、ロックがほかの音楽と違うのは、『意識の交換』ができること。レノンとかディランは、『世界で起きていることに俺はこう思うけど、どう思う?』という問いかけの歌。全否定でもなく、押しつけでもなくね」

 もう一人の「恩人」との出会いは28歳の時。音楽に行き詰まっていた。「自分の思うロックでは難しい。茶の間に入っていけない」。飲み会の席で出会った故・松田優作さんに相談すると、こう言われた。「『表現者』として生きてゆけばいい」

 松田さんから、自身が監督・…

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