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 平成は、サッカーのJリーグが生まれ、地域密着の概念を他のスポーツにまで広げて定着させた時代だった。その大きな変わり目に、選手として、そしてクラブを強化、運営する側として立ち会ってきた一人がこの人だろう。

 「私がこのポジションに就いて、職員はみんな心配している。危機感をもってできるのではないでしょうか」。そんな冗談を飛ばすのはJ1・セレッソ大阪社長の森島寛晃(46)だ。昨年12月、自身も「びっくり」のクラブトップに就いた。

 1972(昭和47)年生まれ。そのサッカーの歩みは小学2年時、広島市の大河FCで始まった。小学校卒業時の文集には、「プロサッカー選手になる」と書いた。

 記憶しているのは広島県呉市の祖母の家に遊びに行った時のこと。夕食を食べながら、「いつかはプロ選手になるけんね」「そんな簡単になれんよね」と会話していた時にテレビから流れてきたのが、ヤンマーが提供していた「ヤン坊マー坊天気予報」だった。「今思うと、ヤンマーでプロになる流れがあった。これ、ホンマの話なんですよ」

 91(平成3)年、東海大一高…

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