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 3月のある日の午前11時、千葉県香取市にある県立佐原病院の訪問看護ステーション「さわら」の看護師・成毛美由起さんは、同市の猪狩岸雄さん(72)宅を訪れた。岸雄さんは脳卒中の後遺症で左半身、のどの部分にまひが残る。介護保険で介護が必要な程度は最重度から2番目の要介護4。老人保健施設の通所リハビリや訪問介護も利用しながら、我が家で暮らす。

 さわらは24時間365日対応できる訪問看護が市内に必要だと、同病院が2016年7月に開設した。地域の開業医の患者も担えるよう、05年に始めた訪問看護室を事業所に拡充した。

 成毛さんは、岸雄さんの体温や血圧、十分呼吸ができているか血液中の酸素濃度を測り、足湯をしながら足の傷の有無を確かめた。糖尿病の岸雄さんは小さな傷でも化膿(かのう)し、感染症になりやすいからだ。

 続いて、氷を入れてタオルで包んだ氷囊(ひょうのう)で口の周りや耳の下からあごにかけてをアイスマッサージ。終わると、岸雄さんに舌を伸ばしたり、ストローでコップの水にブクブクと空気を入れたりするよう促した。唾液(だえき)の分泌をよくし、舌の動きで食べ物を口の奥に送ってのみこむ嚥下(えんげ)のリハビリで、14年近く続く。

 「看護師さんが家に来てくれたから、口から食べられるようになりました」と、妻とも子さん(71)。

 この日の昼食は、とも子さん手作りのイワシのしょうが煮やたまごサンドなど。岸雄さんは好物のイワシを箸で口に運ぶと、笑みを浮かべた。イワシは圧力鍋で骨まで軟らかく煮て、サンドイッチも一口大に切ってある。あっという間に完食。「ごちそうさま」。箸を置き、何とか聞き取れる言葉で言った。

 岸雄さんが佐原病院の訪問看護を利用し始めたのは05年5月。前年秋、脳出血で同病院に入院、別の病院で入院しリハビリ中に脳梗塞(こうそく)を発症した。後遺症で発語も、食べ物や水をのみこむのも難しく、おなかと胃に穴をあけて管を通し、栄養を入れる「胃ろう」をつくって退院した。

 「ご飯が食べたい」。岸雄さんは、看護師の阿蒜(あびる)ひろ子さんらが訪問するたびに、時に涙を浮かべて訴えた。阿蒜さんらは主治医の許可を得て、胃の中で逆流しにくいよう流動食を寒天で固めたり、げっぷをしたときに香りで少しでも「食べた」と満足できるよう流動食にゴマや紫蘇を入れたり工夫を重ねた。主治医らと嚥下(えんげ)能力を確かめながら、胃ろうで栄養をとりつつ口から食べる量を徐々に増やし、食事の形態も軟らかく調理したものへとかえていった。

 通院は難しく、月に1度、佐原病院の主治医が訪問し、全身の状態や糖尿病の具合を診察。訪問看護は週1回1時間で、看護師がリハビリのほか健康状態の確認、隔週で血糖値などの検査のため採血も行う。唾液(だえき)や食べ物などが誤って気管に入って起こる誤嚥(ごえん)性肺炎で入院することもなく、最近は胃ろうが外れ、3食を口からとるように。

 「状態が悪くなるのを防いで入院を回避し、患者さんの生活をいかに支えるかが、訪問看護の腕の見せどころです」。現在「さわら」の管理者で上席看護師長の阿蒜さんは話す。

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 17年の県の調査では、1年以上治療や療養が必要になった場合、3人に1人が在宅医療を希望。最期を迎える場でも「悪化したら入院」を合わせると、おおむね2人に1人が自宅など居住の場での療養を望んでいた。昨春改定された県保健医療計画は、在宅医療や療養を担う医師の訪問診療の普及に「訪問看護の充実が不可欠」だとする。

 県によれば訪問看護事業所の開設数は338カ所(17年10月)だが、11町村で0、7市町で1カ所。県は昨年度から事業所が少ない地域で医療機関が設ける場合の初期費用の補助事業を始め、袖ケ浦市に2カ所開設された。

 横芝光町には今秋、町立東陽病院が県の補助事業を利用して町内初の事業所を開く予定だ。約20年前から訪問看護を手がけていたが、対象は自院の患者に限られた。新卒の看護師6人を採用できたこともあり、地域の開業医の患者も訪問できるよう、事業所の開設に踏み切った。訪問看護師長ら4~5人で24時間365日体制を目指す。

 外川明院長は「町で唯一の入院施設。在宅医療の後方支援病床として、訪問看護を通してどんな患者さんか知り、地域の主治医と情報も共有できているほうが、入院が必要なときに夜間でも安心して引き受けられる」と話す。町も高齢化が進む。高齢化率は34・7%で県平均を8・3ポイント上回る。「患者が地域で生きていくために、ニーズに応じることが大事だ」

 県保健医療計画は、20年度中に訪問看護事業所数を395カ所、1カ月の利用者数を2万6377人へ、4年余りで87カ所、8千人増やす目標だ。団塊世代が医療や介護が必要な人が増える75歳以上になる25年の目標数は白紙。23年度末に決まる予定だ。=おわり(寺崎省子)