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 この13日、東京の神宮球場で、東京六大学野球の春季リーグが始まります。

 球場の内野席と外野席の間あたり、ひときわにぎやかになるのが「学生応援席」。各大学の応援団員と、応援することが大好きな人たちが、選手たちとともに喜び、泣く場所です。

 これから紹介する話をご理解いただくために、応援団のことを少し説明をしておかなくてはなりません。

 東京六大学は各校に応援団があります。その名称は大学により違います。

 「応援団」は法政、明治、立教。

 「応援部」は早稲田、東大。

 「応援指導部」は慶応。

 それぞれが、リーダー、吹奏楽団、チアリーダーの三位一体で応援します。

 各校には、さまざまな応援歌があり、得点機に展開するチャンスパターンがあります。

 応援団員が最も大切にするのは校歌、そして第一応援歌。ただし慶応は校歌ではなく塾歌です。東大は校歌がありません。

 各校はライバルですが、応援団は東京六大学応援団連盟という組織でまとまっています。同学年、つまり同期の絆は学内はもちろん、大学の枠を超え強くなります。同じような苦労をしているからでしょうか。

 説明はこれくらいにして、本題に入ります。

ある児童養護施設長の死

 みなさんは覚えているだろうか。

 2月25日、東京都渋谷区の児童養護施設長が、22歳の元入所者に刺されて亡くなった事件を。

 亡くなったのは大森信也さん。享年46歳。立教大学時代は応援団のリーダーだった。

 4年生のときは「リーダー部長」。鬼となって後輩を鍛え、最後の最後に仏の顔を見せる役目だ。そして東京六大学応援団連盟の「連盟常任委員」として、各校との調整役をしていた。

 「立教大学体育会応援団」の団員は日本一、いや、おそらく世界一、「愛と正義」を歌う。

 その校歌の二番は、こう始まるのだから。

 愛の魂 正義の心 朝(あした)に夕べに鍛えつ練りつ

 そして、第一応援歌「行け立教健児」の二番は、こう始まるのだから。

 愛と正義の心もて いざゆけわれらの強者よ

 大森さんは、まさに愛と正義を貫き、死した。立教応援団の同期で副団長だった日永(ひえい)純治さんの証言をもとに、大森さんの物語を描く。

「嫌なヤツ」との出会い

 熊本出身の日永は入学してすぐ、先輩たちに勧誘され、応援団へ入団していた。その先輩たちが、何とか入れようとしていた男。それが大森だった。

 でも、日永は思っていた。

 こいつとは友だちになれない。嫌なヤツだ。

 大森はアメリカ留学の経験があった。すぐ「アメリカではこうだった」。そして、「応援団には入らない。英語のサークルに入るんだ」

 上等だよ。おまえなんか、こっちが願い下げさ。

 粘った応援団の先輩と大森が、入団を賭けてビリヤードをした。先輩が勝ったら入団、という約束。先輩が勝ち、大森は入団した。

 大森の体力は、ずば抜けていた。空手の有段者で、高校時代は空手部主将。出身の山梨県内では知られた存在だった。

 足も速い。立教大体育会の新人…

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