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 新紙幣の顔となる3人はどのような人物なのか。その横顔を紹介する。

「日本の資本主義の父」渋沢栄一

 江戸時代末期に武蔵国(現在の埼玉県)の富裕な農家に生まれる。一橋慶喜(後の江戸幕府15代将軍・徳川慶喜)に仕え、幕臣としてパリ万国博に派遣される。明治維新後は民部省に勤めて貨幣や銀行の制度の調査立案を手がけた。退官したのち、第一国立銀行(現みずほ銀行)、王子製紙、東京海上保険(現東京海上日動火災保険)をはじめ約500社の設立にかかわり、「日本の資本主義の父」と呼ばれる。慈善事業や国際交流にも取り組み、身寄りのない子供らを育てる養育院の院長も務めた。

日本初の女子留学生、津田梅子

 1864年、のちに農学者として活躍する津田仙の次女として江戸に生まれる。満6歳だった71年、岩倉使節団に同行して渡米し、日本で初の女子留学生となる。11年後に帰国。華族女学校の教授などを経て1900年、私塾「女子英学塾」(現・津田塾大学)を創立し、開校式で、英語力のみならず高い教養を身につけた女性「オールラウンドウィメン」を目指すようあいさつ。女性の教育と地位向上に努めた。女子専門教育の先駆者と言われる。

「日本の細菌学の父」北里柴三郎

 1853年、熊本県生まれ。熊本医学校(現熊本大学医学部)、東京医学校(現東京大学医学部)などを経て、86年から6年間、ドイツへ留学。留学中の89年に破傷風菌の純粋培養に成功し、破傷風菌の毒素を弱める「抗毒素(抗体)」を血液中から発見。これを注射することで感染症の症状を抑える「血清療法」を切り開いた。「日本の細菌学の父」と呼ばれる。伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)を設立する際には今の1万円札の福沢諭吉の支援を受け、今の千円札の野口英世が一時、ここに勤めた。1914年に私立の北里研究所を設立するなど人材育成にも力を注いだ。