まもなく退位を迎える天皇、皇后両陛下は、ハンセン病の回復者が暮らす全国14カ所の療養所をおよそ半世紀かけて巡った。岡山県瀬戸内市沖の長島にある長島愛生園の入所者で、昨年1月に94歳で亡くなった谷川秋夫さんは2005年、皇后さまの前で12年越しの願いをかなえた。

 谷川さんは1924年に兵庫県加西市で生まれた。谷川さんの随筆集「道ひとすじ」や、交流のあった岡村久子さん(81)=岡山市=の聞き書きによると、発病に伴い14歳で愛生園に入所。49年からは普及し始めた特効薬を使い、病気は治ったが、視力を失い義眼を入れた。

 「隔離の島」で、短歌や詩の創作を続けた。毎年、新年に皇居で開かれる歌会始の詠進歌に応募し、93年には入選した。

 萎(な)えし手に手を添へもらひわがならす鐘は朝(あした)の空にひびかふ

 愛生園の高台にある鐘楼「恵(めぐみ)の鐘」を鳴らした時の心境を詠んだ。岡村さんの聞き取りに、谷川さんは「空に丘に海に響いてゆく鐘の音が、未来の空、そして自分の父母が住んでいた自分の生まれた故郷まで届くような気がしてね」と話したという。

 重度の後遺症で手足も不自由な谷川さんが長旅をするには、何人もの介助者が必要だ。歌会始は「健康上の理由」で欠席せざるを得なかった。当時は慣例で欠席者の歌は朗詠されず、天皇、皇后両陛下がその歌を聞くことはなかった。慣例はその後、岡村さんたちの運動で95年に見直された。

 両陛下が長島にある愛生園と邑久(おく)光明園を訪れたのは、05年10月23日。谷川さんは懇談の席で皇后さまと言葉を交わした。谷川さんのそばに座っていた神谷文義さん(90)は、当時のやりとりを覚えている。「谷川さんが『詠進歌が入選しました』と伝えると、皇后さまは『どういう歌ですか?』と尋ねられました」

 しかし谷川さんは耳が遠い。皇…

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