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 連続5回、無投票に終わった茨城県日立市長選。現職の小川春樹氏(71)が再選を決めた。企業や農協、医師会、連合茨城などの各種団体、政党が一体となり支援した形だ。無投票が続く背景には、企業城下町・日立ならではの事情がある。

 3月中旬に市内で開かれた小川氏の「1000人集会」。入り口には、会社や団体名を書いた紙を掲げた案内人の姿があった。ロビーにはそれぞれの受付が用意されている。参加人数の把握もこなれた様子で、集会開始後間もなく、司会者が「本日の参加者は1215人です」と発表した。

 小川氏は市の職員出身。前回、1期で引退した吉成明・前市長の後継として、吉成氏と同様に副市長から市長に転じた。2代前の樫村千秋氏は元知事公室長で、1999年に三つどもえの選挙戦を勝ち抜いて初当選。それ以降、無投票が続いている。

 戦後、公選による市長2人(1945年~75年)はいずれも日立製作所(日製)出身だ。同市の元県議によると、1959年には日製と旧日立鉱山の出身者が「代理戦争」を演じたこともあった。87、91年は日製が支援する候補と、企業の支援を受けない地元の経営者や医師が立候補し、激しい戦いとなった。ある元県議は「市を二分する戦いを避けたい気持ちが生まれた。『行政経験者』が落としどころになったのではないか」と話す。

 共産は1987年以降、候補者を立てていない。市議選では前回2議席を確保したが、その前2回は1議席にとどまり、市議選に専念している状況だ。小川氏が初当選した2015年、市民グループが中心になり、新庁舎建設反対の署名を1万人ほど出したが、結局、対立候補は立てられなかった。

 市長選に関わったことのある男性は「昔ほど強力ではないが、今も日製のお墨付きが当落のカギを握る」。日立製作所の関連会社OBは「組合などを通して動員がかかる。労使一体で推す構図が長く続いていて、対立候補が出にくいのだろう」と話す。

 市内の会社経営者の男性(60)は「行政の中から市長が出るという流れができてしまっている。波風を立てても割り込んでやろうという気概のある候補が出ない」と現状を分析する。パート従業員の女性(57)は「また同じかという感じ。選挙でいろんな人の考えを聞きたい気はするけど、悪い話も聞かないので仕方がない」と淡々と話した。(小松重則)