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 100年前に22歳で他界した画家で詩人の村山槐多(かいた)(1896~1919)が描いた未公表作品約130点が確認された。おかざき世界子ども美術博物館(愛知県岡崎市)が24日、発表した。退廃的な生活を送った槐多だが、未公表作品からは純粋な一面もうかがえる。6月1日から7月15日まで同館の「村山槐多」展で公開される。

 同館によると、槐多は岡崎市生まれ。いとこの版画家山本鼎(かなえ)が14歳の槐多に会った際、才能を見いだし、油彩道具を渡して画家の道を勧めたとされる。槐多は教師だった父の転勤で高知や京都に移り住み、18歳で上京。絵画や詩を世に送り出したが、酒におぼれ、結核性肺炎のため22歳で急逝した。

 代表作には、上京後に描いた水彩画の「庭園の少女」(1914年)や「カンナと少女」(1915年)、油彩画「尿(ゆばり)する裸僧」(同)がある。

 初公開の約130点は母校・旧制京都府立一中の同級生の家などに保管されていた。槐多研究を続ける同館副館長代行で学芸員の村松和明(やすはる)さんによると、今回確認された作品には初期のスケッチやデッサン、油彩画10点などが含まれる。油彩画「雲湧く山」(1911年)は槐多が14歳のころに描いた作品で、上京前にも油彩画を描いていたことが確認された。リアリズムを追求した絵が多く、「(野性的な作品で知られる)槐多のイメージとは違う」と村松さんは指摘する。

 約130点のうち大多数はパステル画。パース(遠近法)をもとに緻密(ちみつ)に描いているものが含まれ、パステルを定着させるため独自の工夫をしている様子がうかがえるという。

 村松さんは「一見すると勢いで描いているようにも見えるが、未公表作品からは驚くほどの純粋さや自然への畏敬(いけい)の念、努力家の一面が見える」と話している。(大野晴香、千葉恵理子)