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 ブルペンで試合の状況を見守っている時、笠井崇正はちょっとだけうれしくなる。同じ場所に「2人の兄貴」がいるからだ。

 笠井は早稲田大の野球部をわずか2日で辞めた後、硬式野球サークル、BCリーグ・信濃グランセローズを経て、ベイスターズに育成選手として入団した。2年目が始まる18年1月に支配下登録。直後の春季キャンプで1軍メンバーに選ばれ、アピールを重ねた。当時、右の中継ぎとして「残り1枠か2枠」の開幕1軍の座を争っていたのが、笠井が兄貴分と慕う三嶋一輝と国吉佑樹だった。

 3月に入ってからの故障で笠井が「自滅」した。国吉は開幕直後に打球を右足に受けてファームに落ちた。結局、シーズンの最初から最後まで1軍で戦力になり続けたのは三嶋だけだった。

 その3人は今年、そろって1軍で開幕を迎えた。1年前に競い合った経験が、年齢もキャリアも違う右腕の結束を強いものにしている。

 笠井に与えられた役目は、いわゆるモップアップ。負けている状況で登板し、敵の勢いを止めつつイニングを稼ぎ、味方の反撃を待つ。

 笠井は言う。

 「そういうピッチャーも必要。調子はいいし、ここまでは順調にきています」

 すでに火のついた打線を相手にしなければならない酷な仕事を、しっかりとこなしている。着実な任務遂行の要因について、本人は「安定してストライクを多く投げられていること」と分析する。

 昨シーズン、故障明けの笠井は制球に苦しんだ。ストライクが入らず、置きにいって痛打を浴びる悪循環。あのころと同じ状況が「また来るかもしれないという不安はある」と明かす。

 だからこそ、体に起こる小さな変化に神経をとがらせる。

 「腕が上がりづらい。足を上げた時のバランスが悪い。そう気づけばすぐに対処します。その経験の積み重ねが大事だと思う」

 日々「安定」を維持しながら、いつ来るかも知れない出番に備えている。

 昨年は10月に入って2度だけ1軍での登板機会を得た。今年は開幕から約1カ月、1軍に居続けて、気持ちに余裕ができてきたという。

 「環境への慣れはすごく大事な部分。全然、疲労具合が違いますから。今年は落ち着いてできていますね」

 懸命にアウトを積み重ねる笠井は最近、ファンなどからよく言われるそうだ。

 「がんばって、去年の三嶋選手みたいになってね」

 まずはビハインドのつなぎ役としてマウンドに立ち、結果を残し続けることで勝ちの継投に食い込んだ。その道を笠井にも歩んでほしいと願う声が多いのだ。

 もちろん笠井自身、そうありたいと思っている。三嶋の言葉が心の支えだ。

 「1年間、ずっと敗戦処理ってことはないから」

 力を証明し続ければ、必ず道は開ける。そのために24歳が自らに課した目標は、「まずは20試合に登板すること」。

 たとえどんなに点差が開いていようとも、1試合1試合が未来への階段だ。(横浜DeNAベイスターズ公認ライター・日比野恭三)

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