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 24日に亡くなったマラソン女子の名指導者、小出義雄さん(享年80歳)の教え子で、2000年シドニー五輪金メダリストの高橋尚子さん(46)が26日、岐阜市内で会見し、「私の人生、監督なしに語れない。感謝の気持ちでいっぱい」と思い出を語った。

 4月に入って病床の小出さんを何度も見舞い、最後に会ったのは18日だったという。「『おい、Qちゃん、あと1、2年頑張るよ』とか、『東京オリンピックも』とすごく前向きで笑顔でしたが、18日は少し体調もよくなく、『おれはもうだめだ。お前はこれからも頑張って輝いていけよ』と言ってもらいました」

 亡くなったという連絡をもらったときは、「ついに遠いところまでいかれてしまったんだなと、信じられないような気持ちで、その日はなにも手に着かなかった。ボーッと監督を思い出して過ごすことしかできなかった」という。

 翌25日に小出さんの元を訪れ、「(生前は病室の)ベッドで寝ている監督に耳元で、『高橋です! Qです!』と言ったら、目を開けなくても『そんなの声で分かるよ』と元気に答えてくれましたが、昨日お会いした時には声が返ってこない。最後にはすごく力強い握手をいつもしてくれたが、その握り返してくれる力がないことが、私にとっては信じられない気持ちでいっぱい」と話した。

 思い出すのは、大会ではなく、練習や合宿のことだという。「普段の監督がそのままの思い出になっている」。褒めて育てた小出監督。「怒られたことは少ない。一度、走っている時にけんかをしたのは、私が練習で飛ばしすぎてしまった時。『落とせ』と言われたが、『無理です』と走り切った時に、監督が『よく走ったな。でもおれの言うことはちゃんときかなくちゃいけないんだ』と言ったこと。お互いがぶつかり合ったことで、それまでの練習をはるかに超える良いタイムでゴールできて、飛躍ができた。このことは忘れられない」と振り返った。

 「豪快で朗らかな監督だったが、実は細かくて繊細だった。毎日、日記をつけていたが、小さな文字を白いところがなくなるくらいびっしりと書いていた」と明かし、お見舞いに行った教え子みんなに、覚えている昔のことを話しかけていたのが印象的だったという。

 「心配をかけた選手だったと思うが、私が不安にならないようにコントロールしてくれて、私が自由にできたと思う。『笑って送ってくれよ』と言われていたので、監督に教えてもらったことを忘れずに、これからも多くの人たちに走る楽しさを伝えながら頑張っていきたい」と目を潤ませながら話した。(松本行弘)

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