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 極細麺の「長浜ラーメン」発祥の地として知られる福岡市・長浜地区で、屋台街復活の見通しが立たない。今営業するのは4軒のみ。市が今年行った事業者公募でも、出店希望者は出ないままだ。関係者は「長浜屋台は風前のともしび」と危機感を強める。

 10連休真ん中の5月1日夜。市鮮魚市場に沿った長浜の通りを走り過ぎる車は少なく、人の姿もまばらだった。歩道上に並んだ屋台が4軒、裸電球の明かりをともしていた。

 その1軒「長浜ラーメン若大将」を約30年切り盛りする沢野ちぐささん(66)は「以前の長浜を知る人が今の状態を見たら驚くはず。とても『屋台街』とは言えんです」と嘆く。内外の観光客らで長蛇の列ができる天神や中洲の屋台との違いは際立つ。「長浜だけがおいてきぼりになる」

 市鮮魚市場が1955年にできたのに合わせ、周辺に屋台街が生まれたとされる。忙しい市場関係者向けに、手早くゆで上がる極細麺を使ったラーメンを、多くの屋台が提供。6年前までは15軒が市場西側の道路に向かい合って営業した。

 ただ、観光客が増えるにつれ、「ぼったくり」や歩道の占拠などが地域で問題視されるようになった。地元自治会関係者は「数十年前は住民が鍋を持っていって、ラーメンを持ち帰るような屋台への親近感があった。悪質な業者の行動が、地域と屋台の距離を広げてしまった」と話す。

 営業ルールを明確にしようと、市は2013年、屋台の営業時間や広さ、値段を明記することなどを定めた屋台基本条例を制定。2メートル以上の歩道幅を確保できなかった長浜の屋台は、約150メートル離れた歩道への集団移転を迫られた。応じたのは9軒。その後、閉店したり、常設店舗型に切り替えたりする店が相次いだ。

 17年に常設店を構えた「長浜満月」店主の内山俊二さん(45)は「一番やりにくかったのは営業時間の制限だった」と振り返る。以前も午前4時までに屋台を撤去するよう市が定めていたが、時間を過ぎても黙認されていた。中洲で働く飲食店従業員らを当て込んで早朝まで営業を続け、撤去が5時過ぎになるのも珍しくなかった。

 だが、条例に午前4時の撤去時間が明記され、指導員の目がより厳しくなった。営業許可を取り消されてはかなわないと「早じまい」を徹底した。集団移転も響き、内山さんの屋台の16年の売り上げは、最盛期の6割ほどに落ち込んだ。

 新たな店にも常連は足を運んでくれ、営業は順調だが、育ててもらった屋台街は気にかかる。「店が減って客足も引く、負のスパイラルに入っている」

■天神や中洲…

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