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 阪神・淡路大震災で妹を亡くした菊地いつかさん(39)=神戸市西区=が震災から約10年間の家族の姿を描いた手記「はるかのひまわり」が復刊された。1月に皇居・宮殿で催された歌会始で、当時の天皇陛下(現上皇さま)が詠んだ歌がきっかけになった。

 いつかさんは中学3年生の時、神戸市東灘区で震災に遭った。一家4人が自宅アパートの下敷きになり、妹の加藤はるかさん(当時11)が亡くなった。

 家族から会話がなくなったこと、妹を失ったことを受け止めきれず精神神経科に通うようになったこと、泣いてばかりいた母に振り向いてもらおうと、自傷行為をしたこと――。手記には、残された家族の姿がありのままにつづられている。

 震災の年の夏、自宅跡地にヒマワリが咲いた。はるかさんが隣の家のオウムにエサとしてあげていた種が育ったものだった。「はるかのひまわり」と名付けられ、地域の人らが各地に広める活動を始めた。

 いつかさんは糖尿病の母親と、アルコール依存症で倒れた父親の介護をへて、その活動に携わり、前を向いていく。そして震災10年を前にした2004年に手記を出版した。

 今年1月、平成最後の歌会始の儀で、当時の天皇陛下が、皇居・御所の庭で育つヒマワリを詠んだ。「贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に」

 天皇皇后両陛下(現上皇ご夫妻)は震災10周年追悼式典で兵庫県を訪れた際、遺族代表の少女から「はるかのひまわり」の種を贈られ、御所の庭で毎年育ててきたという。いつかさんは「長年育ててくださっていたことに驚き、ありがたかった」と話す。

 歌を詠まれたことをきっかけに…

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