原武史・放送大学教授(日本政治思想史)

 代替わりに際し、社会は「奉祝」一色に近いムードになっている。天皇が戦争責任を清算せずに死去したことなど、批判的な意見がテレビでも平然と放送されていた昭和の終わりに比べると、日本人の皇室観は大きく変わった。

 その理由は、平成の天皇と皇后の実績を否定しにくいことにあるだろう。2人は昭和天皇が手をつけなかった慰霊や被災地訪問を通し、償いや弱者に寄り添う姿勢をアピールしてきた。昭和の時代は天皇は高みに立ち、臣民はそれを仰ぎ見るだけだったが、平成皇室は自分たちから国民に近づいた。

 大きな特徴が、天皇がひざまずくようになったことだ。出会った国民一人一人に違う言葉をかける。実際、天皇と皇后には昭和期の地方訪問の際などの国民との懇談会で2時間も対話ができるだけの語彙(ごい)力があり、個人に対応することができた。

 平成流の始まりとして、1991年に長崎県で起きた雲仙普賢岳噴火の際の被災地訪問を思い出す。当時の海部俊樹首相も天皇より早く現地へ行ったが、批判されたほどのスピード視察で、避難している人たちに立ったまま声をかけた。天皇は対照的にひざまずく姿勢をとったのだった。

 私は、このひざまずきは、美智…

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