[PR]

 ニューヨークの国連本部で開かれている核不拡散条約(NPT)再検討会議の第3回準備委員会で、広島への原爆によって母親の胎内で被爆した男性がスピーチした。核軍縮に逆行する動きが相次ぎ、NPT体制の維持が危ぶまれるなか、「被爆の実相」を各国代表に伝え、核廃絶を訴えた。

 「胎内で被爆したからといってその被害から免れることはありません」。現地時間の1日、広島原爆で胎内被爆した浜住治郎さん(73)=東京都=は、国連本部に集まった各国の政府代表らを前に訴えた。

 1945年8月6日、爆心地から約500メートルの会社で働いていた父、正雄さんは原爆で命を奪われた。浜住さんは母、ハルコさんのおなかの中。当時妊娠3カ月だったハルコさんも、爆心地から4キロほど離れた広島市内の自宅で被爆した。

 翌46年2月、浜住さんは7人きょうだいの末っ子として生まれた。ハルコさんは電気の集金の仕事の合間に畑仕事をして生計をたて、一家を支えたという。

 「父の死と引き換えに生かされた」と浜住さん。結婚して父親になると、原爆で突然命を奪われ、家族と過ごすことのできなかった正雄さんの悔しさが想像できた。60代ごろから被爆者運動に関わり、原爆小頭症で苦しみ、若くして命を落とす胎内被爆者がいることを知った。浜住さんに大きな症状は出ていないが、自身や子どもへの健康に不安を感じながら生きてきた。

 来年は原爆投下から75年、NPT発効から50年。しかし、米国はロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を表明。2017年に核兵器禁止条約が採択されたが、発効されておらず、唯一の被爆国の日本政府も消極的だ。

 いまも約1万4500発の核弾頭が世界に存在する現状を「戦争はまだ終わっていない」と嘆いた浜住さん。「原爆は74年たった今でも被爆者の体、くらし、心に被害を及ぼしています」と話し、一日も早い核廃絶を訴えた。(ニューヨーク=田中瞳子)