写真・図版

[PR]

  その四 スパイたちの輪舞曲(ロンド)

 

 ――五日後の夕刻。

 租界の一角に建つ日本陸軍司令部の茶褐色の不気味なビルが、燃える夕日に照らされていた。

 茶褐色の軍服姿の兵士が、軍用トラックやサイドカーに乗って次々出入りする。

 ビルの一室に、間久部緑郎と弟の正人がいた。無骨なテーブルを挟んで木の椅子が二脚。二人は向かいあって座りつつ、お互いから顔をそむけている。

「いよいよ今夜出発か! 死の砂漠から未知のホルモンを持ち帰り、日本軍のさらなる進撃に役立てる。ぼくはもう武者震いだ」

 と、緑郎が興奮気味に独り言を言った。

 今夜は軍服ではなく、粗末なズボンと穴あき半纏(はんてん)を着ている。ふと正人の横顔を見て、「任務とはいえ、弟と遠出するのは子供のころ以来だな」とつぶやく。

 そんな兄の顔を、正人は黙って見返した。それからうつむいて、

「こいつは敵だ……。でも、兄さんでもあって……」

 と苦しそうに呻(うめ)いた。

 そこにドアが開き、ルイが遠慮がちに顔を出した。花のかんばせに、部屋の空気がぱっと明るくなる。

 正人が「ルイ! 遅かったね」と立ちあがり、椅子を譲った。

 しばらくすると、ドアがまた開き、マリアがのっそりと入ってきた。

 砂漠の民風の分厚い布の上着と柄物のスカートを身につけている。表情は硬く、うつむきがちだ。緑郎が「おや、先日の大夜会にいた美女(シャン)じゃないか」と興味深そうに観察しだす。

「……それにしても、最後の一人がこないぞ」

 と緑郎がつぶやいたとき、よう…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら