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 九谷焼を学んでいた中山達磨(たつま)(67)は20代半ばのある日、石川県小松市の展覧会場でひときわ目をひく黒い焼き物に心を奪われた。それこそ、中世に栄えた「珠洲焼」と呼ばれる無釉(ゆう)の焼き物。その復興の担い手を珠洲市が募っていると知り、2人目の市陶芸研修委託生として1978年春に珠洲へ移り住んだ。

 金沢の高校を卒業後、デザインの道を志して東京へ出たものの挫折。不如意な日々の中で、友人の誘いで訪れた栃木県の益子焼の窯で同世代の陶工たちの目の輝きにひかれた。石川へ戻り九谷焼を始めたが、成形や絵付けなど工程ごとに分業化した業界になじめなかった。

 珠洲市陶芸実習センターに入った中山はひと足先に委託生となった能村耕二(69)とともに79年2月、手作りの薪(まき)窯で現代の珠洲焼最初の窯焚(た)きを成功させた。元小学校長で焼き物に造詣(ぞうけい)が深かった森下進一郎がセンター所長に就き、2人を指導した。作品は改称した市陶芸センターや土産物店で販売。「わが町わが村の産業おこし」(第一法規出版)によると80年度の売り上げは1185万円、翌年度は1224万円と好調だった。

 九谷焼の成形技術を身につけた…

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