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 中世の焼き物としてかつて日本列島の4分の1もの商圏を誇った珠洲焼は、一時なぜ廃絶したのか。

 珠洲焼は12世紀半ば、能登国最大の荘園「若山荘」の大きな勢力を背景として生産が始まったとされる。半島の地の利を生かした海上輸送で庶民の生活具として流通し、須恵器系の焼き物では全国最大規模のブランドへと成長した。

 だが15世紀後半、戦国時代の幕開けとともに後ろ盾だった荘園領主が衰退。大量の空気を使って焼く「酸化焼成」の越前焼などが窯の大型化で大量生産に成功するなか、新たな技術を採り入れることができず15世紀末には途絶えた――。そんな説が現在の研究では有力視されている。

 1970年代半ば、珠洲市は珠…

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