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 ミャンマーで治安部隊によるイスラム教徒ロヒンギャの殺害事件を取材中に逮捕され、国家機密法違反罪で禁錮7年の実刑判決を受けて収監されていたロイター通信の記者2人が7日、大統領の恩赦で釈放されました。しかし、ミャンマーは、民主化と人権のために長年闘ってきたアウンサンスーチー氏が事実上のトップを務める政権が3年前に発足したはず。それなのに記者が取材を理由に逮捕されたのはなぜなのでしょうか。ミャンマー政治に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の中西嘉宏准教授(41)に聞きました。

 ――そもそもミャンマーは本当に民主化されたのでしょうか?

 「民主化」という言葉から日本人がイメージするのは、すべての政治家が選挙で選ばれ、自由が認められた社会でしょう。ミャンマーでは軍事政権から2011年に民政移管した後、軍による国の直接統治から憲法や議会を通した民主的な統治への変化が進んできました。

 しかし、今でも国防相など主要3閣僚の任命権は国軍の最高司令官が持ったままで、国会には4分の1の「軍人枠」があります。軍に対する文民統制も確立しておらず、軍が反対すれば憲法改正もできないなど、国軍の意思によって民主化には一定の歯止めがかかっている状態なのです。

 司法機関は憲法上は独立していますが、軍政下で長年その役割を軽視されてきたため、社会問題を解決するのに十分な能力があるとは言えません。警察は内務相の指揮下にあり、軍幹部が警察幹部を務めることも多く、軍の影響下にあります。

 ――1980年代の終わりから、非暴力で人権や民主化のために活動してきたアウンサンスーチー国家顧問の下で、記者が取材中に逮捕されたことは「言論の自由の侵害だ」と海外から批判を呼びました。スーチー氏は変節してしまったのでしょうか。

 スーチー氏が国家顧問として実質的な国のトップに立ってからの基本的なスタンスは、軍との全面対立を避けるという姿勢です。予想された以上に「守り」の政権運営でした。その理由の一つは、政府に軍を統制する権限が与えられていないことです。さらに、ミャンマーでは国境地帯などで政府軍と少数民族の武装組織の戦闘状態が続いているため、スーチー氏にとって和平の実現は最優先の課題です。そのためには、軍の協力は不可欠で、対立していては何も進みません。

 長く軍事政権と戦ってきたスーチー氏のイメージからすると、こうした「守り」の姿勢を裏切りと感じる人もいるかもしれません。ただ、権力を握ったからと言って、スーチー氏が変節したわけではなく、民主化の夢は捨てていないと思います。

 問題は、民主化をどれくらいのスピードでどのように進めるかだと思います。軍による政治支配が半世紀も続いた後に、スーチー氏が政権を担うことになり、政府内では政策の立案や運用に必要な人材が不足しています。そんな状況で、70万人を超す少数派イスラム教徒ロヒンギャが難民になってバングラデシュに逃れるなど、想定していなかった問題も発生しました。これまで自分たちが期待したほどの成果を上げられていないと自覚しつつ、今もまだ試行錯誤しているのではないでしょうか。民主化活動の旗手としての理想主義者の顔は次第に薄れて、政権を実際に運営しながら少しでも民主的な政治の実現を目指す現実主義者としての姿を現してきているのだとも言えます。

 ――実刑判決を受けて収監され…

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