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 東京電力福島第一原発の事故で住民の多くが避難している福島県浪江町の農業を、避難先から通うことで復興させようという取り組みが始まった。扱うのは生け花などに使う「枝物」。栽培の手間が比較的少なく、拠点を往復しながらでも育てられるためだ。

 枝物栽培を始めたのは、浪江町出身で同県いわき市に避難している小野田浩宗さん(58)。被災前は町内で写真館に勤める傍ら、パイプハウスでの切り花栽培やコメ作りをしていた。

 自宅を含めた町の一部は2年前に避難指示が解除された。田畑の除染も済んだが、何を作るかで悩んだ。避難先でも写真の仕事をしており、車で片道1時間以上かかることを考えると、日々の世話が欠かせない切り花は難しかった。

 自宅の近くには除染した土や草が入ったフレコンバッグの山が連なり、ほとんどの農地は手つかずのままだ。来春までは公費で除草などの手入れが決まっているが、その後制度が続くかは分からないという。

 「通いで世話をすることができ、風評被害を受けない作物はないか」。各地の農業を調べているうちに出合ったのが、茨城県常陸大宮市が地域を挙げて取り組む枝物栽培だった。

 枝物は、和から洋まで数百種類の植物が商品になり、年間を通した需要がある。野菜などに比べると出荷のタイミングの自由度が大きい。消毒などを除けば手間はかからないため、体力が落ちた高齢者でも育てられる。耕作放棄に苦しんでいた常陸大宮市では、その対策として約20年前に導入された。現在では100戸を超える栽培農家が生まれ、専業も出ている。

 小野田さんは常陸大宮市で最初に枝物栽培を始めた石川幸太郎さん(70)のもとで研修を積み、2018年夏に枝物の一つであるユーカリを試験的に自宅そばの休耕田で栽培。今春からは本格的に取り組み、計3ヘクタールの田や畑に約15種類の苗木を植え始めた。秋にはユーカリ、アカシアなど数種類を出荷する予定だ。

 ほかの農家にも栽培を勧め、関心を示す農家も出ている。ただ、導入を決めたのは数戸にとどまる。浪江町でも栽培支援をする石川さんは「先祖から受け継いだ田畑に樹木を植える抵抗感は大きく、自分が始めたときも最初は理解を得られなかった。壁は高いが乗り越えてほしい」と励ます。

 避難先での新しい生活があるため、農家の多くは故郷に帰りたくても元の生活に戻るのは難しい、と小野田さんは言う。「農地を荒廃させないためには、通いでもできる枝物栽培しかない。自分が経営モデルとなり結果を出すことで賛同者を広げたい」(重政紀元)

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 〈枝物〉 生け花やフラワーアレンジメントに使う素材のうち、梅や桜など枝をもつ植物の総称。花だけでなく、実や葉が美しい植物も商品になる。野生の樹木から採取する「山採り」や、畑などで栽培する方法がある。面積あたりの販売単価は切り花に比べて低いが、山間部のような条件の悪い土地でも栽培できるため、耕作放棄地対策として取り組む産地も出ている。