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 北アルプスに本格的な登山シーズンが訪れました。大型連休中、穂高連峰の登山基地として知られ、まだ雪深い涸沢(からさわ)を訪ねました。期間中、長野県警山岳遭難救助隊が常駐し、山小屋には大勢の登山客が宿泊。山岳関係者らを取材し、安全登山について考えました。

 涸沢は、北アルプス最高峰の奥穂高岳(3190メートル)を含む四つの3千メートル峰に囲まれ、一帯は氷河が作った円形劇場のようなすり鉢状の地形をしています。この「岳人憧れの聖地」には最近、穂高連峰の景観を楽しむ登山者たちが多く訪れます。

 連休中、登山口の上高地でも残雪があり、雪で埋まった涸沢へ続く谷沿いの登山ルートは、アイゼンやピッケルが必要です。標高2310メートルに立つ山小屋・涸沢ヒュッテの横には、赤や青、黄色などカラフルな「テント村」が出現しました。期間中は連日、40~300張のテント数でした。

 ヒュッテの山口孝社長(71)は「白く輝く残雪、穂高連峰の黒々とした岩肌、ブルースカイ……。北アルプスの中でも屈指の絶景です」と、この時期の涸沢の魅力を話してくれました。日の出直前、陽光を浴びて穂高連峰がピンク色に染まるモルゲンロート(朝焼け)。ヒュッテの宿泊客たちは、カメラやスマートフォンなどでその瞬間をとらえようと、未明から待機していました。

 ただ、穂高連峰は5月でも雪が降ることがあり、奥穂高岳などの登山では、冬山装備と経験が必要です。奥穂高岳などのピークは、稜線(りょうせん)の積雪状況が冬山と変わりません。冬山経験を積んだ登山者のみが挑戦できる世界です。

 連休中、涸沢では長野県警山岳遭難救助隊の5人が常駐し、周辺のパトロールや安全登山の啓発活動をしていました。槍ケ岳方面と涸沢への分岐となる横尾でも隊員2人が常駐し、登山者への声かけなどの山岳警備活動をしました。

 遭難があれば、すぐに救助活動を行うため、登山者らは「心強い存在」と口をそろえます。ただ期間中も涸沢周辺では遭難があり、槍ケ岳では死亡事故も起きました。常駐隊の責任者で、同救助隊の岸本俊朗副隊長(41)は「最近は観光の延長で訪れる登山者が目立ちます。登山はスポーツであり、冒険的な行為。トレーニングを積むなど万全の準備で臨んでほしい」と説明し、「山は弱者に厳しい存在。バリアフリーはありません。気象条件が厳しかったり、疲労が蓄積したりした場合、途中下山もする勇気を持ってほしい」と念押ししました。

 一方で、登山者側の意識の高まりも感じました。写真撮影のため、北穂高岳の登山ルートで、雪の残る北穂沢の急斜面を登った際、ほぼ100%の登山者がヘルメットをかぶっていました。

 ただ、残念なことに、下山で雪面に尻をついて滑る「尻制動」をする登山者の中には、アイゼンを履いたままの人がいました。アイゼンは爪があり、滑っている最中に雪面に引っかけると、バランスを崩して制御ができなくなる恐れがあります。また、他の登山者にぶつかった際、相手を傷つける可能性もあり、アイゼンを履いたままの尻制動は、危険極まりない行為です。大学山岳部や社会人山岳会などの組織では、この行為は厳しく戒めています。

 今回の登山で知り合ったのが、長野県松本市在住の山岳ガイド、中島佳範さん(46)です。お話しをしていくうちに、山岳ガイドを利用することのメリットを改めて実感しました。

 中島さんは、40代、50代の女性2人を引率し、奥穂高岳の登頂を手助けしました。連休中、涸沢から奥穂高岳の稜線へは、夏道とちがって雪の急斜面をほぼ直登します。朝晩と日中の気温差が大きく、早朝だと雪が硬く締まっていて、アイゼンの爪が雪面によく刺さります。

 このため夜明け前の午前3時に宿泊先の涸沢ヒュッテを出発。稜線では、鎖場や金属製のはしごがありますが、雪で埋まっていることもあり、ロープを出すなど安全対策をして、2人を無事に奥穂高岳の山頂まで導きました。

 最近は、山岳会などの組織に所属していない未組織登山者が増えていますが、経験豊富な山岳ガイドが同行するガイド登山は、安全対策の一つといえそうです。中島さんは「ガイドは、お客さんの手助けをするのが役割です。当たり前ですが、体力については、ふだんのトレーニングが大切です」と話していました。

 梅雨明け後、穂高連峰は夏山シーズンを迎えます。登山ルートが樹林帯の夏道に変わり、冬山経験者でなくとも、3千メートル峰にチャレンジできます。安全登山に心掛け、この夏、ぜひ涸沢を訪ねてみてはいかがでしょうか。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。