将棋とAIと遺伝子と

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 将棋界の第一人者、羽生善治九段(48)が、歴代単独1位となる公式戦通算1434勝(591敗、2持将棋)を達成した。故大山康晴十五世名人が1992年に作った記録を27年ぶりに更新する大記録だ。藤井聡太七段の登場で活況を呈する将棋界は、ほんの数年前まで、人工知能(AI)と人間は競い合う関係だった。当時、「人間代表」として登板を期待されていたのが羽生九段だった。ところが近年、AIを搭載した将棋ソフトは爆発的な進化を遂げ、今はいかにAIを活用するかに焦点が移っている。AIの進化に向き合ってきた立場から、科学技術の発展と人間社会の関係をどう見ているのか。ドラえもんをつくることが夢のAI研究者の大澤正彦さん(26)、遺伝子解析の会社を起業した高橋祥子さん(31)と語り合った。戦い続ける意味から始まった鼎談(ていだん)を、約2万字でお届けします。

将棋の対局を剣豪同士の斬り合いにたとえ、イノベーションが生まれるのに必要な発想を語り、AIと自らの文章の変化を考え…。AI研究者と遺伝子解析の起業家が羽生九段の分厚い思想に迫ります。

見据えるのは「1年先とか」

 大澤 小さい時、大好きなおじいちゃんが羽生さんの大ファンで、将棋を教えてくれたんです。ずっと「羽生さんみたいになれよ」と言われていた記憶がある。20年前の話ですね。羽生さんが30年以上もトップでいらっしゃることを実感します。長期間、トップを走り続けることについて伺ってみたい。まず戦い続ける原動力はどういうところにあるのですか。

おおさわ・まさひこ 1993年、福岡県八女市生まれ。慶応大の学部生だった2014年、「全脳アーキテクチャ若手の会」を創設。17年には「認知科学若手の会」を設立し、代表を務める。慶応大院博士課程に在学中。

 羽生 オリンピックにあわせてベストにもっていこうという調整と、ずっと続けていくというのは、ちょっと違う気がする。感覚としては、マラソンやトライアスロンをやっている感じ。もちろん全力でやっているんですけど、オーバーペースになって燃え尽きてしまわないようにと考えています。マラソン選手のすごいところは、ラップを刻めていけることだと思う。例えば1キロ4分だったら、4分をずっと走り続ける。そのように心がけているというところはあります。

 大澤 30年前くらいに、現在もトップを走り続けているイメージはあったんですか。

 羽生 いや、ないですね。将棋の世界は5年先も見えない世界。先のことを考えずにやっていくというスタンスで、1年1年続けたら、結果的に長くやっていた。長くやろうという目的でやっていくとつらくなってくる。2年前、加藤(一二三)先生が引退されたんですけど、現役生活が63年くらい。私はまだ30年ちょっとなので、やっと折り返し地点についたかどうか。遠いところを考えず、近いところを目標にやっていくスタンスがいいんじゃないかと思っています。

 高橋 会社経営においても、1回勝つことと、勝ち続けることは全然違う思考だと思ってます。先ほどの話だと、自分にとっていい形でラップを刻める状態を重んじられているということでしょうか。

たかはし・しょうこ 1988年神戸市生まれ。東京大院在学中の2013年に日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスを提供する「ジーンクエスト」を起業。遺伝子から疾患リスクなどを調べ、約300項目以上の情報を提供する。

 羽生 もちろん、結果は大事ですけど、長く続けていくことを考えると、内容が伴っていないと続かない。

 大澤 いまはどんなことを見据え、どのくらい先の未来を考えているんですか。

 羽生 1年とかそんな感じです。将棋の世界もめまぐるしく変わっていくので、1年くらい経つと状況が変わっていると思うんですよね。ファッションと同じで、その時のトレンドがあるので、それに対して自分はどうしていくかを考えています。

 大澤 1年後、どうなっていたいですか。

 羽生 一番めざしているのは、自分自身が想像していなかった状態になりたい。それが理想。まさかこうなるとは思わなかった、というのが一番いいことなんで、具体的な目標を定めるというよりは、そう向かっていく方がいいのかな。

 大澤 将来の夢みたいな話はあんまり考えない?

 羽生 考えてもいいと思うんですが、逆に限定されてしまうこともある。何が起こるか分からないところに、先や未来を見据える面白さもあると思っています。

 大澤 将棋という同じゲームでも、中身はどんどん変わっていくと思うんですけど、戦い方が変わる中で、トップであり続けるのはそういうことなんですね。

 羽生 そうですね。たぶん、そういうことをやらないと、つらくなってくる世界だと思っています。なぜかというと、将棋の世界は、400年前ごろからルールが変わっていなくて、和服で対局することも変わっていない。指している中身も同じだったら、同じことの繰り返し。堂々巡りになってしまうので、違う何かをみつけていくことは大事。

 高橋 最近考えていたことと同じです。人生を豊かにするものは何なのかを考えていた時、自分の中で学びと未来の可能性、想定範囲外ということを定義していました。自分の想像していないことに、いかに出合える生活をできるか、とちょうど考えていたところ。将棋の世界でもそうなんですね。

 羽生 ほかの世界も同じだと思うんですが、過去から積み上げている体系的な論理やセオリーは分厚いものがあり、無視することはできない。だから真新しいものや自分が知らなかったものに出合う機会が、どうしても少なくなっていく。かなり意図的、意識的に、そういう機会をつくっていかないと、と思います。

 高橋 松尾芭蕉も不易流行と同じことを言っていました。

 羽生 芭蕉の時代はおそらく、あちこち行って、それが新しい発見になると思うんですが、いまはネットで調べたらすぐ分かる。東北の情報も。でも、自分自身が経験したり、学んだりはほかの誰もがなし得なかったことでもあり、大事なことだと思います。

考え合わない人との対局「内容良いもの」に

 大澤 将棋って個人戦。個人戦独特の戦いの面白さやつらさがあると想像します。

 羽生 終わった後、責任転嫁が全くできない。次に向かうためには反省しないといけないんですが、永遠に反省を続けると自己否定になる。風向きや審判が悪かったという言い訳が全くできないのは結構、つらいと言えばつらい。でも、かえってすっぱり割り切れることはある。将棋が個人競技でも特殊なのは、現役の棋士が160人くらいしかいないので、同じ人たちとずっと対局していくことですね。子どもの頃から今までずっと、対局している人もいる。互いに手の内を知り尽くしている上で対局を続けていく点では、個人競技のなかでも特殊な世界だとは思っています。

 大澤 それは面白いですね。羽生さんは連敗をすることが少ないという話を伺ったことがあります。そのメンタリティーはすごいなと思う。

 羽生 記憶って、物事を覚えて…

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