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 ベンチャー起業が宮崎県内でまだ珍しかった2007年、宮崎市でIT企業「アラタナ」は誕生した。当時23歳の青年が300万円で立ち上げた会社は8年後、30億円で大手企業に買収された。ベンチャーの先駆けは今、県内企業を牽引(けんいん)する存在になった。

 「宮崎で成功した方が100倍おもしろいでしょ」。アラタナ創業者で社長の浜渦伸次(35)は、宮崎で起業した理由をこう話す。東京で満員電車に揺られる日々よりも、「歩きや自転車で出社。終業後は繁華街ニシタチにすぐに飲みに行って、終電も気にしない。そんな暮らしがいい」。

 宮崎市出身。都城高専を卒業後、都内の大手OA機器会社に就職した。製造するデジタルカメラにひかれ入社したが、配属は希望とは別の部署。入社から3カ月ほどで退職した。

 宮崎に戻ったが、やりたいと思える仕事はなかった。組織に所属することなくカフェを開いたり、ウェブ関連事業を請け負ったりして過ごした。

 帰郷してからはふるさとへの危機感が募った。高専電気情報工学科の同級生40人は、ほぼ全員が就職などで県外に出ていた。「県内で勉強して知識を付けても、優秀な人材は外に出て行く」。浜渦の知る限り、残ったのは浜渦と後にアラタナ取締役を務めた穂満一成(36)だけ。

 「同級生が戻って来られる千人規模の会社をつくる」と、アラタナを起業した。若くして会社を起こした堀江貴文やサイバーエージェントの藤田晋の存在も起業を後押しした。

「人への投資が大事」

 銀行から300万円を借り、資本金にした。宮崎市中心部の若草通りの雑居ビルにオフィスを構え、300万円は全て内装の改修費につぎ込んだ。「銀行の人には怒られましたね。でも、格好いいオフィスじゃないと人が来ない。人への投資が大事なんで」

 最初に雇ったのはコピー機の営…

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