「原爆の絵」で伝える被爆体験 広島と岐阜の中高生交流

朝倉義統 国沢利栄
【動画】語りつぐ戦争 「原爆の絵」制作の広島の高校生と岐阜の中学生が交流=竹谷俊之撮影
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 広島市を修学旅行で訪れた岐阜県関ケ原町の中学生が、被爆の証言を描き残す「原爆の絵」を制作する市立基町高校の生徒と交流した。高校生は自分の作品に込めた被爆者の体験と思いを語り、原爆の記憶と平和への願いが中学生たちに託された。

 訪れたのは、関ケ原町立今須中学校の3年生13人。21日に原爆ドーム平和記念資料館を見学して夕方、基町高校へ。3年生6人に迎えられた。

 創造表現コースのある同高校では平和記念資料館と協力し、2007年から生徒の有志が「原爆の絵」の制作を続けている。証言者に被爆体験の聞き取りを重ねながら1年近くかけて描き上げる。この日は現在制作に取り組む11人のうち6人が作品を紹介した。

 富士原芽依さん(17)は、当時6歳の男性が、大やけどを負って座り込む親子に持っていた桃をあげられなかった時の記憶を表現した。堀部美有さん(17)はケロイド状になった男性の左手を描き、「肉が見えるほどひどい傷で人前に出られなかったそうです。正確に絵に残そうと、資料も調べました」と説明した。

 小野美晴さん(17)は、国民学校1年のころ被爆した男性が避難途中に見た光景を絵にした。川のそばの荒れ地で力尽きて横たわる母親とそばで泣く2人の子ども、暗い空を見上げてただただ歩き続けるけがをした無数の人々。

 「これって本当にいた人なんですよ。原爆は一発でその人の人生を変えてしまう」と涙ぐみながら語った小野さん。男性に7回話を聞き、それぞれのストーリーに思いをはせたという。

 さらに小野さんは中学生にたたみかけた。「何十年もたって病気になることも赤ちゃんを産めなくなることもある。差別もある」「いま原爆は落ちる気がしない。でも何十年か前は実際にあった。1度あることは2度あることもある。それを忘れないために私たちは原爆の絵を描き、伝えています」

 今須中の杉田日鞠さん(14)は「原爆が落ちた瞬間だけでなく、その後もすごくつらい思いをされていることがわかった。後輩にも伝えていきたい」。寺島大智さん(14)は「一人一人がこんなに深く考えて描いているとは。原爆以外の戦争による被害も調べてみたい」と話した。

 13人は基町高校訪問に先立ち、ボランティアガイドの案内で平和記念公園内を見学。原爆供養塔前では、「広島の惨劇を二度と繰り返してはいけません」「一人一人が平和について考え、平和の尊さを広く伝えていきます」と、「今中平和宣言」を読み上げた。続けて「HEIWAの鐘」を合唱した。歌声が響くと、付近の観光客らから拍手があがった。

 平和記念資料館を見学後は、白石多美子さん(80)の被爆体験を聞いた。白石さんは6歳で被爆し、直後の広島の街を母と歩き回った体験を語り、「過去の歴史を正しく理解して、次の世代に平和を守るバトンを渡して欲しい」と折ってきた小さな鶴を託した。

 今須中が基町高校を訪れたのは2回目。学校では広島市から寄贈された被爆アオギリの苗木を育て、3年前から原爆ドーム保存に向けた募金活動も。この日は今西俊太さん(14)が「先輩たちが開発した商品を地域イベントで売ったりして集めました」とあいさつし、1年分の3万6879円を山藤貞浩・市平和推進課長に手渡した。(朝倉義統、国沢利栄)

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