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 神奈川県内への空襲で最大の被害を出した横浜大空襲から、5月29日で74年が経った。横浜市中区出身で、当時12歳だった文芸評論家のゆりはじめさん(86)=静岡県西伊豆町=は父親を失った。「間近に迫る火が、もう熱くて熱くて」。鮮明に残っているという、あの日の記憶を聞いた。

 横浜市史によれば、1945年5月29日、米軍のB29など600機余りが、午前9時20分ごろから約1時間にわたり横浜市街を爆撃。旧横浜市域のほとんどが焼失し、約3700人が亡くなったとされる。ゆりさんの父もその中の1人だった。

 私と姉は笑った。笑声は乾いていたと思う。四囲の空気と同じように。私と姉の前には私たちの父の屍体が横たわっていた。薄く瞳をのぞかせて、それはまるで生存を打ち切られた苦痛など、翳(かげ)ほどもなくおだやかに思えた――

 ゆりさんが著書の中で、父親が…

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