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 アパルトヘイト(人種隔離)政策で人種間の対立が長く続いた南アフリカ。それを融和へと導いたのが1995年、南アで開催されたラグビーワールドカップ(W杯)といわれる。そんな「ラグビーの力」を高校生に伝える南ア出身の外国語指導助手(ALT)の女性が鹿児島にいる。

 4月中旬、薩摩半島の山すそにある鹿児島県南九州市の県立川辺高校。3年3組の英会話の授業で、同市在住のALTニコール・エラーズさん(29)がスクリーンにラグビー南ア代表チームを映し出し、英語で語りかけた。

 「私はラグビーが大好き。南アで、とても大切なスポーツだから」

 2014年夏からALTをつとめるニコールさんは文法や単語だけでなく、外国の歴史や文化にも関心を広げてもらおうと、授業で母国をよく話題にする。なかでも思い入れがあるのがラグビーだ。

 南アの人種融和への激動期、1990年2月14日に首都プレトリアで生まれた。その3日前、反アパルトヘイト運動を指導し、20年以上投獄されたネルソン・マンデラ氏が釈放され、その後大統領になった。

 アパルトヘイトは全廃されたが、白人と有色人種では依然、居住地も違い、幼稚園や学校も別々。差別はすぐになくならなかった。白人のニコールさんに白人以外の友達ができたのも幼稚園になってから。黒人の友達は弁当を持参できず学校が用意したサンドイッチを食べていた。白人と黒人が互いに憎み合う様子もニュースで見た。

 そんな人種の溝を埋めたのが95年、自国で開催され、初優勝を果たした第3回W杯だった。

 当時「白人のスポーツ」と言わ…

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